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竹本東玉 たけもと とうぎょく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹本東玉 たけもと-とうぎょく

1851-1917 明治時代の女義太夫の太夫。
嘉永(かえい)4年12月5日生まれ。3代豊沢団平,5代竹本春太夫に師事し,明治5年大阪の舞台に出演。18年東京浅草の寄席にでて評判となり,初代竹本綾之助らとともに,女義太夫の全盛時代をきずいた。大正6年2月1日死去。67歳。大坂出身。本名は加藤はま。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

竹本東玉

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:嘉永6頃(1853)
明治時代に活躍した女義太夫の太夫。本名はま。大坂生まれ。3代目豊沢団平,竹本春太夫に師事し,19歳で東玉を名乗り大阪の寄席で看板をあげる。明治18(1885)年に上京し,浅草の寄席に出て好評を博す。本場大阪の芸を東京に広め,娘義太夫全盛期の下地を築いた開祖といわれる。

(田中悠美子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の竹本東玉の言及

【女義太夫】より

…しかし1837年(天保8)には,《娘浄瑠璃芸品定》という評判記が出版されるほどもてはやされたので,天保改革(1841)では弾圧を受け,36人が投獄された。明治の東京では素(す)浄瑠璃の形式で大流行するが,その基礎を作ったのは,82年に名古屋から再度上京した竹本京枝と,大阪で盛名をはせていた竹本東玉の東上(1885)である。やがて竹本綾之助や竹本住之助らの出現で女義太夫の隆盛を迎え,青壮年層を魅了し,客席からひいきの女義太夫に〈どうする,どうする〉と口拍子をかける熱狂的ファン・グループの〈どうする連〉を輩出させる。…

※「竹本東玉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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