笹間川(読み)ささまがわ

日本歴史地名大系 「笹間川」の解説

笹間川
ささまがわ

大井川中流左岸の支流の一つで、本川根ほんかわね洗沢あらいさわ富士城ふじしろの南に発する幡住はたずみ川を源とし、無双連むそれ山を水源とする無双連沢・小猿こさる川を合流、川根町笹間渡ささまどで大井川に注ぐ。流路延長一五・五キロ。一級河川流域には小集落が点在し、江戸時代には駿河国志太しだ郡笹間村を構成していた。安政地震では同村の遠見場とおげば山の一部が崩れ、同村石上いしがみ奥で当川が堰止められ、約二ヵ月間にわたって崩落地から約一キロ上流の同村粟原あおばらまで一面が湖となったという(笹間村誌)。この土砂を取除く工事の際、大雨で土砂が流出し、下流笹間渡村でも被害が出たため、同村では安政元年(一八五四)郡中御備金二〇両を拝借し、翌年から一〇年賦で支払うこととなった(岡野家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む