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筒井順永 つつい じゅんえい

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

筒井順永 つつい-じゅんえい

1419-1476 室町時代の武将。
応永26年生まれ。筒井順覚の子。もと相国寺の僧。嘉吉(かきつ)元年筒井氏の総領となり,興福寺官符衆徒に任じられる。河内(かわち)守護畠山家の内紛では畠山政長に味方し,畠山義就(よしなり)方と対立。応仁の乱では東軍方でたたかった。文明8年4月5日死去。58歳。大和(奈良県)出身。通称は良舜。号は舜良房。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

筒井順永

没年:文明8.4.5(1476.4.28)
生年:応永27(1420)
室町時代の武将。大和筒井荘を本拠とする国人。順覚の子。筒井氏はもと興福寺の隷属民であったが,在地領主化し,南北朝期より武士として活動。順永は相国寺の僧であったが,嘉吉1(1441)年10月,兄弟の光宣と共に惣領たる兄の順弘に背いて家督を争い,幕府から筒井氏当主に安堵された。この地位は興福寺の官符衆徒を兼ね,いわゆる僧兵勢力の頭目に当たる。事実上の大和守護代であった。15世紀中ごろから激化する畠山氏の家督紛争に際しては弥三郎・政長方にくみし,義就方の古市胤仙,越智家栄らとしばしば対立した。本拠の筒井に城郭を構え,大和盆地中央部の各荘園の荘官として得分を収めた。興福寺にも種々の役を奉仕し,文明2(1470)年には春日若宮神事の田楽頭段銭負担の功で異例の僧綱宣下を受けている。しかし応仁の乱では,大内政弘と組んだ西軍義就の優勢下に振るわず,越智・古市氏らに押され気味のうちに没した。<参考文献>熱田公「筒井順永とその時代」(日本史研究会史料研究部会編『中世社会の基本構造』)

(今谷明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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