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総領 そうりょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

総領
そうりょう

広島県北東部,庄原市南部の旧町域。吉備高原上にある。 1955年田総 (たぶさ) 村と領家村が合体して町制。両村の1字ずつをとって町名がつけられた。 2005年庄原市,西城町,東城町,口和町,高野町,比和町の1市5町と合体して庄原市となった。

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デジタル大辞泉の解説

そう‐りょう〔‐リヤウ〕【総領/×惣領】

家名を継ぐべき人。家の相続人。跡取り。
いちばん初めに生まれた子。長男または長女。
律令制以前、重要な国に置かれ、近隣数か国の政務を監督した職。すべおさ。
中世、武士の族的結合の長。惣領地頭。
全部を支配すること。
「将軍があとをば母堂の二位の尼―して」〈愚管抄・六〉

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

総領
そうりょう

広島県東部、甲奴(こうぬ)郡にあった旧町名(総領町(ちょう))。現在は庄原(しょうばら)市の南端部を占める地域。旧総領町は1955年(昭和30)領家(りょうけ)、田総(たぶさ)の2村が合併して成立。2005年(平成17)庄原市に合併。国道432号が通じる。旧町域は中国山地吉備(きび)高原上にあり、米麦中心の農業のほか、和牛飼育、野菜・コンニャク栽培などが行われる。スギ、ヒノキの良材生産地としても知られる。過疎地域で人口流出が激しかったが、近年「過疎を逆手にとる会」(2001年「逆手塾」と改称)など県北の農村再興の中心となっている。1985年、セツブンソウの自生が確認され、以後、セツブンソウの栽培が行われている。龍興(りゅうこう)寺には行基(ぎょうき)作と伝えられる観音(かんのん)像がある。[北川建次]
『『総領町誌』(1994・総領町)』

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世界大百科事典内の総領の言及

【国司】より

…これは律令的な地方官で,その官制は長官・次官・主典(判官ともある)の三等官制だったようであるが,定員の規模はのちの令制の国司よりもかなり大きく,管轄区域も令制の数国にまたがる広域支配のものであった。したがって当時国司の文字が当てられていたかどうかは疑問で,《常陸国風土記》ではこれを総領と呼んでいる。この国司ははじめとくに造籍・校田と民間の武器の収公を任務とし,民政全般をつかさどったわけではなく,裁判権も認められなかったが,大化末年から白雉年間(650‐654)にかけてのちの令制につながる国郡制が整えられていき,その結果この広域支配の国司は一部の地方を除いて消滅したとみられる。…

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