紀忠雄(読み)きい ただお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「紀忠雄」の解説

紀忠雄 きい-ただお

?-1590 織豊時代神職
紀伊(きい)日前(ひのくま)・国懸(くにかかす)神宮(和歌山県)の祠官太田城により,根来(ねごろ)寺の僧兵および雑賀衆(さいかしゅう)とともに豊臣秀吉に反抗する。天正(てんしょう)13年太田城は秀吉勢の水攻め陥落,神宮は破壊され,忠雄は高野山にのがれた。天正18年8月30日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む