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紀麻呂 きの まろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

紀麻呂 きの-まろ

?-705 飛鳥(あすか)時代の公卿(くぎょう)。
紀大人(うし)の子。紀男人(おひと),紀宇美(うみ)の父。直広肆(じきこうし)から大宝(たいほう)元年従三位にすすみ,藤原不比等(ふひと)とともに大納言となる。中務卿(なかつかさきょう)を兼任。慶雲(きょううん)2年7月19日死去。47歳か。時に正三位。文武(もんむ)天皇から死をおしまれ,とくに葬儀を賜った。「懐風藻」に漢詩1首がある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

紀麻呂

没年:慶雲2.7.19(705.8.12)
生年:斉明5?(659)
7世紀末から8世紀初めの公卿。紀大人の子。宇美,男人らの父。持統7(693)年6月直広肆を授位。大宝1(701)年3月に従三位大納言となる。死去時は大納言兼中務卿正三位。文武天皇が深く悲しみ,特に葬儀と宣命を賜った。

(寺崎保広)

紀麻呂

没年:天平宝字1?(757)
生年:生年不詳
紀広名や広庭の父。麻路とも書く。養老4(720)年1月に従五位下。のち,式部大輔を経て天平15(743)年5月参議となる。次いで民部卿となり右衛士督などを兼任。天平勝宝1(749)年7月に従三位中納言。のち式部省と大宰府(太宰府市)の長官を兼ねたが,天平宝字1(757)年3月以降の消息は不明。『続日本紀』の淳仁天皇即位条(758)によると,孝謙上皇,藤原仲麻呂らと画策して,皇太子道祖王を廃し,大炊王(のち淳仁天皇)を皇太子につけた,とあるから仲麻呂に近い立場をとっていたらしい。

(寺崎保広)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

きのまろ【紀麻呂】

659‐705(斉明5‐慶雲2)
持統・文武朝の官人貴族。大人の子。男人,宇美,宿奈麻呂の父。693年(持統7)直広肆に叙され,701年(大宝1)大納言に任じられた。没したとき,天皇深く悼み,とくに葬儀を賜り,中納言高向麻呂を遣わして宣命を賜ったという(《公卿補任》)。当時,紀氏一族の族長的立場にあった人物で,子孫繁栄した。《懐風藻》に漢詩1首を残している。749年(天平勝宝1)中納言に任じられた紀麻路と紛らわしいが,別人。麻路は麻呂の弟である。

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