和文体の詔勅。「命(みこと)を宣(の)る」の意で、元来、天皇の命を勅使から宣べ聞かせることをいうが、平安時代に入るとその文章をさすようになった。漢文の「詔勅」と区別して、和文体のものをいう。平安時代以後にも宣命は行われているが、その用途は限られており、文詞も多く先例によるのみであって実質は失われるようになったので、とくに『続日本紀(しょくにほんぎ)』に収める62編に限定していうことが多い。『続日本紀』の宣命は、即位、改元、立太子、追尊、授位、褒賞、誅罰(ちゅうばつ)など、さまざまな場合に下されている。天皇の命を伝える一般的な形の一つであり、その文案の起草は、中務(なかつかさ)省の内記の職掌であった。その書式は宣命書(せんみょうがき)とよばれる特殊な形をつくりあげていくこととなったが、宣命の特徴は、むしろそうした文体以上に、宣読される(口頭で宣布される)ということにある。「……と詔(の)りたまふ天皇(すめら)が大命(おほみこと)を諸(もろもろ)聞き食(たま)へよと宣(の)りたまふ」(一詔(いっしょう))を結びの定型句とする(段落の結びとしても多く用いられる)ところに、相手に訴えかけるようにして天皇の命を伝えることがよく示されている。宣読は特殊な曲節をもってなされたらしく、のちには一定の曲節をつくったことが「宣命譜一巻」(『本朝書籍(しょじゃく)目録』)のあることからも想像される。奈良時代の和文の語法とともに、文字以前の口誦の段階で形づくられた口頭詞章の系統を引く表現をそこにうかがうこともできるという点で、「祝詞(のりと)」とともども重要な資料である。
[神野志隆光]
実質的な語や部分(自立語)を大字で、形式的な語や部分(付属語)を小字で右寄せまたは割行(わりぎょう)で書き、ほぼ日本語の語順に従って書き記す形式。宣命を記載するのに用いる独自の表記法であることから、この名称がある。古く宣命は、一様に同じ大きさの漢字で書き連ねられていたが、宣命使が読み上げる場合に、一定の朗読法があって、特別に声調を重んじたところから、誤読をなくしたり、切れ目を示したり、口頭で宣読しやすいように案出されたものと考えられる。
奈良時代中期ごろから文献のうえで確認されるが、当時からすでに宣命以外にも祝詞(のりと)、古寺の縁起、文書などで用いられており、日本語文体の一つであったことが知られる。このような表記形式は、日本語における自立語と付属語、用言の語幹と活用語尾という文法上における区別を、素朴に意識している点で注目される。時代が下るにつれて、万葉仮名の部分が草仮名、平仮名、片仮名およびそれらの混用で書かれるようになり、平安時代後期には記録類や講式、和讃(わさん)などにもみえ、今日の漢字仮名交じり文の源流の一つとなった。
[沖森卓也]
天皇の命を宣(の)べ聞かせること,またはその文書。詔の一形式。宣命はテニヲハに万葉仮名を用いるなど和文を漢字によって表記したもので,この文体を宣命体ともいう。現存する宣命で最も古いのは,《続日本紀》の文武天皇即位(697年)の宣命で,以後その例は数多い。宣命の起源については,日本古来の和文にあるという見方のほか,漢文の訓読文にはじまるとの説もある。宣命の成立は,実例の残る文武朝よりさかのぼると考えるべきであろう。すでに法隆寺金銅薬師仏の607年(推古15)の造像記に〈池辺大宮治天下天皇……仕奉詔〉〈大命受賜而……仕奉〉,また《日本書紀》646年(大化2)に〈明神御宇倭根子天皇,詔於集侍卿等臣連国造伴造及百姓〉などの宣命的表現が見えるからである。やがて律令的な公文書制度の整備にともない,宣命は詔書の一形式として詔書式に定められ,一定の書式と手続により作成・発布されることとなった。しかし,宣命の本質的な属性が口頭で宣べ聞かせることにあったことは,宣命の文中に〈衆聞宣〉の文言が繰り返して用いられること,また《正倉院文書》中に残る758年(天平宝字2)の孝謙天皇譲位の宣命に〈内召五位已上宣命〉とあることなどによって明らかである。宣命の書式については,詔書式に冒頭の文言として,〈明神御宇日本天皇詔旨〉以下5形式が定められ,《令義解》等にその使い分けが注されているが,《続日本紀》等に見える実例が必ずしも令の規定に従っていないのは,宣命が多分に律令制定以前の古い慣行を踏襲するものだからであろう。そしてその内容が,即位,譲位,改元,立后,立太子,廃太子など朝廷の重要な儀式や内乱の鎮圧に関するものが多いことは,宣命のもつ独自の役割をうかがわせる。平安時代になると,宣命大夫による宣制の儀などが細かく定められて後世に及んだ。1873年従来の宣命は御祭文と改称された。
執筆者:柳 雄太郎
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口頭で群臣に宣布された天皇の命令。またこれを宣命体で書き記した詔書。公式令(くしきりょう)では天皇の命令を伝達する公文書の書式として詔書・勅旨を規定するが,詔書式は本来宣命体の詔書を作成・発布するための規定であったと考えられる。実際は漢文詔書と併用されたが,平安中期以降,宣命体のものを宣命,漢文のものを詔書と区別するようになった。宣命が用いられる場は外国使節の来日,即位・改元・立后・立太子などの臨時の儀式のほか,元日節会(せちえ)をはじめとする節会などであった。また神社に対して,祭儀などの際に勅使が宣する宣命もあった。
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…しかしこれらの規定は隋・唐の制を継受したものであるため,その名称や用字は当時の人々にとってはなじみにくいものであったらしい。現存の史料でみると,天皇の仰せを伝えるのに詔書,勅旨両式以外に宣命という漢字かな交り文のものも用いられ,また名称は同じでも令の規定以外の用法のものがあるなどがそれを示しており,また詔書や太政官符など,煩瑣な手続を要し発給に手間どるものがあった。これらの要素が,やがて公家様文書といわれる日本独自の文書様式を生み出す要因となった。…
…法隆寺金銅薬師像の推古15年(607)の銘に見える〈詔〉は天皇のことばを意味し,《日本書紀》大化元年(645)条に〈巨勢徳太臣,高麗使に詔す〉と見えるのは,詔が天皇のことばを宣べ伝える意味に用いられた例である。やがて令の制定により公文書制度が整えられるに従い,詔も文書として記されるようになり,天皇のことばをそのまま和文で表現する詔すなわち宣命と,中国風の漢文の詔の両様式が成立した。この詔書の書式および作成・施行の手続を定めたのが,大宝・養老公式令の詔書式である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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