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細川氏綱 ほそかわ うじつな

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

細川氏綱 ほそかわ-うじつな

?-1564* 戦国時代の武将。
細川尹賢(これかた)の子。細川高国の養子。天文(てんぶん)12年細川晴元(はるもと)に対抗して晴元派の三好長慶(みよし-ながよし)に敗れ,遊佐長教(ゆさ-ながのり)らとむすび,三好政長とたたかう。17年には長慶とくみ,晴元らを京都から追う。21年室町幕府最後の管領(かんれい)となった。永禄(えいろく)6年12月20日死去。通称は二郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

細川氏綱

没年:永禄6.12.20(1564.1.4)
生年:生年不詳
戦国時代の武将,室町幕府最後の管領。右京大夫。通称二郎。尹賢の子。細川高国の嫡子稙国が早世したため,高国の養子となる。天文12(1543)年,細川晴元に敗れて自刃した高国の残党に擁立され,挙兵。晴元派の三好範長(長慶)に敗れたのち,遊佐長教らと結んで三好宗三(政長)と連戦。同17年,政長との確執から晴元に反旗を翻した長慶に擁立され,翌年管領晴元,前将軍足利義晴,将軍足利義藤(義輝)を京から追う。同21年,義輝と和解して右京大夫,管領に任じられたが,実権はなおも長慶の手にあった。永禄2(1559)年長慶により山城国淀城に移され,のち同城で没した。

(森田恭二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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