経ヶ峰(読み)きようがみね

日本歴史地名大系 「経ヶ峰」の解説

経ヶ峰
きようがみね

[現在地名]仙台市霊屋下

広瀬川右岸で、越路(こえじ)山の一部として半島状に突き出た丘陵地をいう。鎌倉期、聖徳一世に聞えた満海が当地で修行し、没後ここに経典を納めたことから地名があると伝え、隻眼の藩祖政宗は片目の満海の生れ変りという伝説がある。慶長(一五九六―一六一五)の初め仙台城構築のため、その地にあった虚空蔵堂と同別当の曹洞宗大満(だいまん)寺は当地に移転され、万治二年(一六五九)二代藩主忠宗の霊廟感仙(かんせん)殿造営のために愛宕(あたご)山に移るまでここにあった。政宗死去の寛永一三年(一六三六)瑞鳳(ずいほう)寺が建立され、同一四年その廟所瑞鳳殿を竣工。


経ヶ峰
きようがみね

大台(おおだい)ヶ原(はら)山の西の入口にあり、三津河落(さんづこおち)山の西方に続く山。標高一五二八・九メートル。経ヶ峰のすぐ西には、湛西が怪物を封じ込めた時経文を埋めたと伝える経塔塚の小ピークがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む