翻訳|monster
社会の周縁に追いやられた人々に焦点を合わせ、数々の映画賞に輝いてきた
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正体不明の生物や物体,とりわけ醜悪・不快・恐怖などの念を抱かせる存在の総称に用いられる語。また奇形の意味にも用いられる。奇形の誕生は古代にあって凶兆とされ,モンスターという英語もラテン語のmonstrum(兆候,警告の意)に由来する。一般に怪物と呼ばれるものは想像の産物が多く,いくばくかの事実や伝承を核に,人間の持つさまざまな不安や畏怖が投影されて成立した一種のシンボルともいえる。分類すれば,(1)ドラゴンやバジリスクなど,何種類かの生物の形態を混合したもの,(2)巨大ないし矮小なもの,(3)正常な同種と形態を異にするもの,に大別できる。
怪物に関する記録はギリシア・ローマ時代から中世にかけて,当時まだ未知の世界であった北方ヨーロッパ,アジア,アフリカの自然誌あるいは紀行文の形で開始された。その代表的著作大プリニウスの《博物誌》は,アレクサンドロス大王のインド遠征によってもたらされた情報などを基に,見知らぬ土地の人間や動植物を怪物として記録したものを含んでいる。そこには,アマゾン(好戦的な女族で,右の乳房を切り取っている),アンティポデス(足が逆向き),アストミ(口がなく,リンゴなどの香を嗅いで生きている),ブレミュアエ(頭を持たず,胸に顔が付いている),スキアポデス(大きな1本足を日傘のように使う)ほか,無数の異様な民族が挙げられている。また3~4世紀のアレクサンドリアでは,アリストテレスの著作などを流用した教訓的な動物誌〈フュシオロゴスPhysiologos〉が成立しており,怪物の記述を多数含んだ文献としてプリニウスとともに〈中世動物寓意譚(ベスティアリ)〉の主要な源泉となった。ここで一角獣や人魚についての基本的な記述はほぼ定まり,13世紀のトマ・ド・カンタンプレThomas de Cantinpréの《万象論》,14世紀のマンデビルJ.Mandevilleの《東方旅行記》などの中世文芸を通じて怪物誌が広く一般に浸透することになる。また中国の《山海経(せんがいきよう)》は,東洋における怪物記述の宝庫であり,形天と呼ばれるブレミュアエと酷似する奇形人種などが論じられている。15~16世紀にはいると,西欧では宗教改革期の混乱の中で,世の終末を告げる異兆としての奇形の誕生に関心が向かった。リュコステネスC.Lycosthenesの《異兆と証された年代記》(1557)は怪物誕生と異変の関係を探り,ルターとメランヒトンはこれを宗教論争に利用して〈教皇ロバ〉なる架空の奇形をでっちあげ,ローマ・カトリック崩壊の予兆と喧伝した。しかし真の意味での生物学が勃興すると,怪物や奇形を自然現象の神秘と見る研究者が現れ,ゲスナー《動物誌》(1551-58),パレ《怪物と奇形について》(1573),ショットG.Schott《自然の奇異》(1662)などの著作が現れた。彼らの著作では,途方もないプリニウス流の怪物はほぼ姿を消しているが,それでもグリフォンやドラゴン,人魚などは実在の生物として残った。
架空の怪物が博物誌から完全に消えるのは18世紀後半以降で,リンネの分類体系にこそサテュロスなど若干の怪物が残ったものの,ビュフォン《博物誌》(1749-1804)に至って怪物は現実の生物分類から完全に消し去られた。それに代わって,ビュフォンやジョフロア・サン・ティレールらは医学的見地から奇形問題と品種改良に強い関心を寄せ,新しい怪物概念をそこに見いだした。たとえばルソーは人工改良された花や家畜を怪物と呼び,ディドロは《ダランベールの夢》(1769)で,M.シェリーは《フランケンシュタイン》(1818)で,おのおの人工的に作られる生物に怪物のイメージを与えている。他方,奇形問題では二重体児を1人とするか2人とするかなど,洗礼や法律問題までが,奇形の人権にからめて討議されだし,見世物のために幼児を箱や陶器に何年も押しこめて人工的に奇形を作るといった非人道的な行為も批判の対象になった。だが一方では,19~20世紀にかけてアメリカのバーナム座のように奇形の見世物で大当りを取る興行師も出ている。19世紀はほかにも,恐竜のような古代怪獣の生き残りを新たな怪物概念として呈示した。これは古代生物が今も現存するはずだと主張した博物学者ラマルクらの影響が大きく,ネス湖の怪獣(ネッシー)や雪男の実見談へと発展している。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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