日本大百科全書(ニッポニカ) 「綾部絅斎」の意味・わかりやすい解説
綾部絅斎
あやべけいさい
(1676―1750)
江戸中期の儒学者。延宝(えんぽう)4年豊後(ぶんご)国(大分県)に生まれる。名は安正(やすまさ)。字(あざな)は伯章(はくしょう)。京都に出て伊藤東涯(いとうとうがい)、北村篤所(きたむらとくしょ)(1647―1718)について経史を学び、江戸に赴いて室鳩巣(むろきゅうそう)に師事した。郡奉行(こおりぶぎょう)を務めたが、1732年(享保17)の関西以西を襲った大飢饉(ききん)に際し、救治の策を議していれられず辞職した。寛延(かんえん)3年75歳で死去。著書には家庭道徳を説いた『家庭指南(かていしなん)』のほか『反求録(はんきゅうろく)』などがある。
[上田 穣 2016年4月18日]