コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

織田得能 おだとくのう

4件 の用語解説(織田得能の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

織田得能
おだとくのう

[生]万延1(1860).10.3. 越前
[没]1911
浄土真宗の学僧。 1891年東京浅草松清町の宗恩寺に入り,没するまで生涯をかけた『仏教大辞典』 (1巻,1917) を完成した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

織田得能 おだ-とくのう

1860-1911 明治時代の仏教学者。
万延元年10月3日生まれ。真宗大谷派の僧。京都高倉学寮でまなぶ。明治20年島地黙雷(もくらい)と「三国仏教略史」を刊行。32年「仏教大辞典」の編集をはじめるが,明治44年8月18日完成を前に死去。52歳。辞典はのちに出版され「織田辞典」とよばれた。越前(えちぜん)(福井県)出身。福井師範卒。旧姓は生田。号は雲渓。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

織田得能

没年:明治44.8.18(1911)
生年:万延1.10.3(1860.11.15)
明治期の真宗の僧。独力で完全な仏教大辞典を著したことで有名。越前国(福井県)翫香寺恵海の子。福井で教職にあったが,明治15(1882)年東本願寺学寮に入り仏教学を学び,さらに唯識・倶舎・律を学ぶ。同21年からタイに遊学し仏教事情を視察,同24年東京宗恩寺に入ったが,同31年巣鴨監獄事件により公職を剥奪された。同34年より井上哲次郎の勧めで『仏教大辞典』の編纂にとりかかり,10年間独力で進めたが,完成を目前に病没した。<著作>『仏教大辞典』『三国仏教略史』<参考文献>常光浩然『明治の仏教者』

(草野顕之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

織田得能
おだとくのう
(1860―1910)

明治時代の真宗大谷派の僧。号は雲渓(うんけい)。越前(えちぜん)国(福井県)坂井郡翫香寺(かんこうじ)の生田恵海(いくたえかい)の三男として生まれる。幼名は貞。1872年(明治5)僧となり、88年より3年間、シャム(タイ)を訪れて南方仏教を視察した。帰国後は東京・浅草の宗恩(そうおん)寺に入寺して織田姓を名のる。99年より、情熱を込めて完全な『仏教大辞典』の編纂(へんさん)にかかったが、幾多の苦難などにより神経衰弱となり、中途にして病院で没した。『仏教大辞典』は没後1916年(大正5)に刊行され、世に「織田辞典」といわれ、『国文学十二種仏語解釈』とともに高い評価を得た。[石上善應]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

織田得能の関連キーワード卜半瑞山望月信亨国史大辞典江部鴨村小野玄妙小西存祐是山恵覚禿氏祐祥原口針水《大辞典》

今日のキーワード

太陽系外惑星

太陽以外の恒星を回る惑星。その存在を確認する方法として、(1)惑星の重力が引き起こす恒星のわずかなふらつき運動を、ドップラー効果を用いて精密なスペクトル観測により検出する、(2)惑星が恒星の前面を通過...

続きを読む

コトバンク for iPhone