肺循環の生理・病理生理

内科学 第10版 「肺循環の生理・病理生理」の解説

肺循環の生理・病理生理(肺循環障害)

(1)はじめに
 肺循環(pulmonary circulation)は,体循環(systemic circulation)と異なった解剖学的・生理学的・機能的な特徴を示し,ガス交換以外にもさまざまな機能を有する.
(2)肺の血管系とその特性
 肺には肺動脈系(肺循環)と気管支動脈系のまったく異なった2つの血管系がある.
a.肺循環
 肺動脈は肺動脈弁をこえた肺動脈主幹部から始まり左右に分かれ,気管支と併走し分岐を重ね,二次小葉の中心部に到達する.呼吸細気管支のレベルで毛細血管となり肺胞壁を取り囲む.酸素化された血液は小葉間隔壁で小肺静脈となり,左右の肺でおのおの上下2本の肺静脈となり左房に流入する(図7-10-1A). 肺循環は灌流血管として働く.肺動脈の壁は薄く進展性に富む.内径100 μm以上の肺動脈は中膜(平滑筋層)を認め収縮能を有する. 肺毛細血管(図7-10-1B)は肺胞壁を取り囲むように密な網目構造を形成し,肺胞と接しガス交換を行っている(血液-ガス関門).この厚さは0.3 μmときわめて薄い.毛細血管床の面積は広大でテニスコート一面分(50~100 m2)にも達する.
b.気管支動脈系
 気管支動脈は栄養血管である.おもに胸部下行大動脈から分岐し,気管支壁,肺動脈壁などへ分布する.毛細血管を経た後,一部は上奇静脈に,一部は直接肺静脈に流入する.呼吸細気管支のレベルで肺動脈系毛細血管との間に吻合があるとされている.
(3)肺循環の血行力学とその特性
a.血圧,血液量,血流
ⅰ)血管内圧(intravascular pressures)
 肺動脈圧(Ppa)の正常値は,収縮期21.5(±5.1, SD)mmHg,拡張期9.5(±3.0, SD)mmHg,平均(mean)14.8(±3.5, SD)mmHgである.mean Ppaは体血圧のそれの約1/6である.
 Ppaは,臨床的にSwan-Ganz(S-G)カテーテルを用い,経静脈的に中心静脈圧,右房圧,右室圧を確認しながら肺動脈まで進める(図7-10-2)ことにより,あるいはX線透視下にカテーテルの先端の位置を確認することにより求められる.
 肺毛細血管内圧(Pmv),肺静脈圧(Ppv)および左房圧(Pla)の測定は臨床的には困難である.Pmv = mean Pla+0.4(mean Ppa-mean Pla)で推定される.PpvおよびPlaは,ほぼ等しく5 mmHgである.S-Gカテーテルの先端のバルーンで肺動脈を閉塞し得られる楔入圧(wedge pressure, Pwp)(図7-10-2)がPpvを比較的よく反映するとされている.Pwpの正常値は9.3(±3.1, SD)mmHgである.
ⅱ)TPG(transpulmonary pressure gradient)
 TPGは(mean Ppa – mean Pwp)で求められる.駆動圧(driving pressure)に相当する.
 左心不全による肺高血圧症(PH)の診断では,安静時のmean Ppa 25 mmHg以上,Pwp 15 mmHg未満,心拍出量は正常か減少とされ,さらに,TPGが12 mmHg以下で左心不全,TPGが12 mmHgをこえていれば肺血管に内因性の変化が推定される(ESC/ERS,2009).
 ⅲ)肺血管周囲圧
 肺毛細血管は,非常に薄い(0.3 μm)肺胞壁を介し肺胞に取り囲まれていて,肺毛細血管周囲圧(Ppmv)は肺胞内圧(PA)の影響を直接受ける.PAは声門を開いて呼吸停止した状態では大気圧に等しい.PAがPpmvより上昇すれば毛細血管は虚脱する.
 比較的太い肺動静脈は血管周囲鞘を介し肺に取り囲まれている.肺が拡張するにつれて周囲の弾性肺実質の張力によって,これらの血管は拡張するように働く.
 両者の働きが異なるため,前者を肺胞内血管(alveolar vessel),後者を肺胞外血管(extra-alveolar vessel)と分けて考えることが多い.
 ⅳ)肺内血液量(blood volume in the lung)
 総循環血液量の10~20%を占め(0.5~1.0 L),そのうち約100 mLが肺毛細血管床に存在し残りは肺静脈に分布する.血液量は体位や呼吸で容易に変化する.仰臥位から立位になると22~27%減少する.吸気で増加し,呼気,Valsalva試験および陽圧人工呼吸で減少する.
 肺循環を流れる血流量は原則心拍出量(cardiac output:CO)と等しい.COは安静時およそ6 L/分であり,運動時25 L/分までに増加する.臨床的にはS-Gカテーテルを用い熱希釈法により測定される.
 ⅴ)肺循環時間(circulation time)
 安静時4~6秒を要する.赤血球が肺毛細血管を通過する時間は安静時0.75秒であるが,図7-10-3に示すように,この通過時間は肺胞壁での酸素の拡散能に関係している.
b.肺血管抵抗(pulmonary vascular resistance:PVR)
 PVRは,以下の式より算出される.

あるいは

正常値は(15-5)÷6=1.7 mmHg/L/分あるいは100 dyn・秒・cm−5である.PlaにはPwpが代用される.PVRは体循環の約1/10にすぎない.
 PVRは肺血管内圧の上昇に対して低下させるように働く.これには肺血管床の補充と拡張が関係している.正常肺には安静時血流のないあるいは少ない予備血管床が豊富にあり,血管内圧や肺血流量の増加時に補充(閉鎖血管の再開)や拡張(血管径の増大)が起こりPVRを低下させるように働く.
 肺気量はPVRを規定する.低肺気量では肺胞外血管が狭窄しPVRが上昇する.高肺気量では肺胞内血管が進展され,その径が小さくなるためPVRが上昇する.
 一般に肺の交感神経は収縮作用がある.しかし,この作用は軽度であり,体循環の細動脈のような交感神経性の血流調節は認められない.肺の副交感神経は弱いながらも拡張作用がある.
c.肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hyp­er­tension:PAH)における肺血管反応に影響を及ぼす因子
 近年,肺の血管内皮細胞や平滑筋に作用する機構が解明され,表7-10-1に示すように,本症におけるPHを惹起・軽減する因子が指摘されている(Farberら, 2004).これらのうちのいくつかはPAHの治療薬として臨床応用されている.
d.肺内血流分布
 立位肺では,図7-10-4に示すように,血流の不均等分布がある.これは,肺尖と肺底部との約30 cmの落差,圧差にして30 cmH2O(23 mmHg)と肺循環の低圧が関係している.
(4)低酸素性肺血管収縮反応(hypoxic pulmonary vasoconstriction:HPV)
 肺循環に特異的な現象である.肺胞気低酸素,すなわち肺胞気のPO2の低下(70 mmHg以下)が径100~200 μmの筋性肺動脈を収縮させ局所の血流を減少させる.HPVは換気の少ない部分の血流量を減少させることにより局所の換気血流不均等を軽減させるという合目的反応であるが,肺全体が肺胞低酸素となる状況下(高地環境,夜間睡眠時無呼吸症候群,慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺線維症などの肺疾患)ではPHが惹起される.アシドーシスはHPVを増強する. HPVの機序は十分に解明されていない.摘出肺でも生じることから中枢神経支配とは無関係で,また肺動脈切片のみでも収縮するので,低酸素に対する肺動脈の局所反応といえる.NO(一酸化窒素)の合成を阻害するとHPVが増強され,NOの吸入によりHPVは減弱する.肺動脈平滑筋細胞のKやCa2チャンネルとの関連も注目されている.
(5)肺循環の機能的特性
 肺循環系はおもな機能であるガス交換能,血液貯留槽(血管床の補充・拡張)以外にもさまざまな機能を有する.
a.血液濾過としての役割
 静脈血はすべて肺循環に集まる.血栓,脂肪などの塞栓子は肺循環で捕捉され除去される.塞栓子の量やサイズが大であると,肺動脈は閉塞され,セロトニンなどの血管作働性物質が放出され,Ppaは上昇する.重症では心原性ショックとなる. 急性呼吸促迫症候群(ARDS)の発生機序に活性化した好中球の肺での捕捉および蛋白分解酵素や活性酸素の放出が重要視されている.
b.代謝機能
 肺血管内皮細胞は血管作動性物質の代謝に関与している.おもなものを表7-10-2に示す.大部分の作用は血管作動性物質の不活性化であるが,唯一の生化学的活性化は,アンジオテンシンⅠ(A-I)が肺毛細血管内皮細胞に存在するアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によりA-Ⅱに変換されることである.[久保惠嗣]
■文献
Farber HW, Loscalzo J: Pulmonary hypertension. N Engl J Med 351: 1655-1665, 2004.
桑平一郎訳:ウエスト 呼吸生理学入門 正常肺編,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2009.
The Task Force for the Diagnosis and Treatment of Pulmonary Hypertension of the European Society of Cardiology (ESC) and the European Respiratory Society (ERS), endorsed by the International Society of Heart and Lung Transplantation (ISHLT): Guidelines for the diagnosis and treatment of pulmonary hypertension. Eur Heart J, 30: 2493-2537, 2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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