腸管出血性大腸菌感染症

EBM 正しい治療がわかる本 「腸管出血性大腸菌感染症」の解説

腸管出血性大腸菌感染症(大腸菌O-157)

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 O-157と呼ばれる大腸菌の感染によって引きおこされる病気で、水っぽい下痢(げり)と腹痛のほか、発熱、嘔吐(おうと)、血便、かぜの症状もみられます。重症患者では発病して1週間後くらいに溶血性尿毒症症候群(ようけつせいにょうどくしょうしょうこうぐん)(HUS)が続発することがあります。とくに体力のない乳幼児、お年寄りでは死亡することもあり、注意が必要です。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 ふつうの大腸菌が変異した大腸菌O-157は、少量の菌数で感染症を発症し、志賀毒素(ベロ毒素)をつくりだし人体に強いダメージを与えるなどの特徴をもっています。
 集団食中毒としてはじめて報告されたのは、1982年にアメリカのハンバーガーショップでおこったものでした。わが国では1990年に幼稚園の井戸水の汚染から2人の死者がでたのが始まりで、1996年には全国で爆発的な発生がみられました。最大の集団食中毒となったのが小学校給食によるもので、6000人以上の患者が発生しました。
 菌体からつくりだされる志賀毒素は、血管内皮細胞(けっかんないひさいぼう)や腎尿細管(じんにょうさいかん)、脳などに強い毒性を示し、大腸の上皮細胞(じょうひさいぼう)を傷つけるため腸内で出血がおこり血便の原因となります。重症患者に発症する溶血性尿毒症症候群も志賀毒素によって引きおこされるものです。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]安静を保ち、水分を十分に補給する
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 一般的に感染性腸炎で水っぽい下痢がある場合、水分補給が有効であることを示す臨床研究が複数あります。また、溶血性尿毒症症候群などの合併症の予防のため、生理食塩水や乳酸リンゲル液などによる補液などの保存的治療が推奨されています。(1)(2)

[治療とケア]大腸菌O-157が分離されたら、抗菌薬を用いる
[評価]☆☆
[評価のポイント] 抗菌薬を用いて、溶血性尿毒症症候群を発症するリスクが増加したという臨床研究と減少したという臨床研究があり、一定の見解は得られていません。それぞれの研究によって検討された抗菌薬が異なりますが、統計学的に効果が認められているのはホスホマイシンカルシウム水和物だけです。(3)


よく使われている薬をEBMでチェック

抗菌薬(発病初期)
[薬名]ホスミシン(ホスホマイシンカルシウム水和物)(4)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] ホスホマイシンカルシウム水和物については、発病初期に使用すると溶血性尿毒症症候群を発症する危険性を減少させるという信頼性の高い臨床研究があります。

下痢や腹痛に対して
[薬名]ビオフェルミンR(耐性乳酸菌)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 耐性乳酸菌製剤の有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。

脱水症状に対して
[薬名]乳酸リンゲル液(5)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 一般的に脱水症状に対して広く行われている治療であり、臨床研究によって効果が確認されていますが、腸管出血性大腸菌感染症に限定して有効性を検証した臨床研究はありません。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
脱水症状に注意する
 腸管出血性大腸菌感染症の症状は、水っぽい下痢、腹痛、発熱、嘔吐、血便などで、かぜ症状がみられることもあります。
 この病気の患者さんのみを対象にした臨床研究はまだわずかしか行われていません。しかし、一般に下痢や発熱、嘔吐など、脱水をおこすような場合についてすでに有効であることがわかっている治療法を行うことは、十分理にかなっていると考えられます。
 つまり、感染性腸炎で脱水症状のある場合では、水分を十分補給し、体力の消耗を防ぐために安静にすることは、これまでの臨床研究によって効果が確認されています。当然、腸管出血性大腸菌感染症のケースでもそうすべきです。

ホスホマイシンカルシウム水和物は有用
 大腸菌O-157が病気の原因とわかった場合に、すぐに抗菌薬を使うべきかどうかは見解が分かれています。非常に重症の合併症として注意が必要である溶血性尿毒症症候群の危険性が増したという臨床研究と減ったという臨床研究があり、一定の見解が得られていません。
 ただし、抗菌薬のなかでは、ホスミシン(ホスホマイシンカルシウム水和物)についてのみ、この病気の発病初期に用いると溶血性尿毒症症候群を発症する危険性が少なくなるとの臨床研究があります。

(1)Gavin N, Merrick N, Davidson B. Efficacy of glucose-based oral rehydration therapy. Pediatrics. 1996;98:45-51.
(2)Tarr PI, Gordon CA, Chandler WL. Shiga-toxin-producing Escherichia coli and haemolytic uraemic syndrome. Lancet. 2005 Mar 19-25;365(9464):1073-86.
(3)Safdar N, Said A, Gangnon RE, et al. Risk of hemolytic uremic syndrome after antibiotic treatment of Escherichia coli O157:H7 enteritis: a meta-analysis. JAMA. 2002;288:996-1001.
(4)Ikeda K, Ida O, Kimoto K, et al. Effect of early fosfomycin treatment on prevention of hemolytic uremic syndrome accompanying Escherichia coli O157:H7 infection. Clin Nephrol. 1999;52:357-362.
(5)Eliason BC, Lewan RB. Gastroenteritis in children: principles of diagnosis and treatment. Am Fam Physician. 1998;58:1769-1776.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

内科学 第10版 「腸管出血性大腸菌感染症」の解説

腸管出血性大腸菌感染症(Gram 陰性悍菌感染症)

(2)腸管出血性大腸菌感染症(enterohemorrhagic Escherichia coli infection)
定義・概念
 ベロ毒素(vero toxin:VT)[志賀毒素(Shiga toxin: ST)ともよばれる]を産生する大腸菌である腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)の感染症である.
原因
 VTを産生する大腸菌には多くの血清型O抗原による分類)が知られており,なかでもO157,O1,O26,O104,O111,O145などが有名である.VTはVT1とVT2の2種類があり,菌によってVT1,VT2の両者あるいはどちらか一方を産生する.臨床分野では,腸管出血性大腸菌は志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin producing E. coli:STEC)ともベロ毒素産生性大腸菌(vero toxin producing E. coli:VTEC)ともよばれている.
感染経路
 腸管出血性大腸菌は菌が混入した飲食物を介して経口感染する.本症の代表的な原因菌であるEHEC O157は感染力が強く,少量(100以下)の菌を摂取しても感染し発症する.
疫学・統計的事項
 腸管出血性大腸菌感染症は届け出義務が課されている疾患である.わが国では年間3500~4500人前後の患者発生の届け出がある(国立感染症研究所感染症情報センター,2011).しかし, 検査が行われずに見逃されてしまった例や診断されても届け出がなされなかった例もあり,実際の腸管出血性大腸菌感染症の発生数は不明である.
病態生理
 腸管出血性大腸菌は腸管腔内で増殖してVTを産生し,そのVTは腸管上皮細胞内に取り込まれる.VTは腸管上皮細胞のリボソームを不活化し,その結果アミノアシルtRNAのリボソームへの結合が障害されて細胞の蛋白質合成が阻害され細胞死をきたす.また,VTはアポトーシスも誘導する.腸管上皮細胞がVTによって障害された結果,出血性腸炎が引き起こされると考えられている.
臨床症状
 血性下痢と腹痛を主症状とする.発熱はないかあっても37℃台であることが多い.典型例では腹痛と水様便で発症し,次第に水様の赤い血液便となり腹痛が強くなる.重症例では便成分をほとんど認めない新鮮な血液を肛門から頻回に排出し,激しい腹痛を訴える.
検査成績
 本症に特異的な一般的な血液検査成績はないが,末梢血の白血球数や血清CRP値の増加を認めることが多い.さらに中等症や重症例では腹部の超音波検査やCT検査で,回盲部や上行結腸の浮腫性肥厚を認めることが多い(図4-5-10).
診断
 臨床症状から確定診断することは不可能で,患者の糞便から腸管出血性大腸菌を検出して診断する.腸管出血性大腸菌であると判断するには, 便から大腸菌を分離・同定し,かつ,分離した菌のVT産生を確認してまたはVT産生遺伝子を検出して腸管出血性大腸菌であることを確認する必要がある.溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)発症例では便からベロ毒素を検出して, あるいは血清のO抗原凝集抗体または抗ベロ毒素抗体を検出して腸管出血性大腸菌感染症と診断する場合もある.
合併症
 腸炎発症3~7日後にHUSを発症することがあり,その頻度は0~4歳で7.2%,65歳以上で4.9%,5~9歳で3.7%であったとの報告がある(齊藤ら,2011).HUSの本態は血栓性微小血管障害で,破砕赤血球を伴う溶血性貧血,血小板減少,急性腎不全を3主徴とする.腎臓の血管内皮細胞とHenle係蹄から遠位尿細管にかけての尿細管細胞にはベロ毒素の受容体が多く存在し,腸管から吸収されたベロ毒素がそれらの細胞に結合して細胞障害を起こしHUSが発症すると推測されている.また,意識障害や痙攣などの中枢神経症状を合併することもある.血液検査で貧血,血小板減少あるいはLDH,BUN,クレアチニンの増加が認められれば,HUSの発症を考える.血液塗抹標本でヘルメット状を呈する破砕赤血球を認めた場合も同じである,また,尿量減少が出現すれば急性腎不全としての症状である可能性が高く,やはりHUSの発症を考える.
治療・予後・予防
 脱水に注意し,脱水の程度に応じて経口補液,経静脈的補液を行う.抗菌薬投与の是非については一致した考えがない.フルオロキノロン系抗菌薬やホスホマイシンの有効性を示すいくつかの報告が出されており(清田ら,2011),抗菌薬を投与する場合はこれらの経口投与が行われる(成人患者への投与例:レボフロキサシン500 mg/回,1日1回,3日間経口投与,ホスホマイシン500 mg/回,1日4回,3日間経口投与など). 抗菌薬を使用する場合は,発症後3日以内に投与を開始することが重要で,臨床症状から腸管出血性大腸菌感染症を疑った段階で投与を始める必要がある.
 一般的に予後は良好であるが,HUSを発症した場合は死亡することがある.HUSの発症は小児に多いが,HUSによる死亡は高齢者に多い傾向にある.
 ほかへの二次感染を防止するために, 感染者や医療従事者は手洗いを励行する.糞便で汚染された可能性のある物体に触れる際には手袋を着用し,手袋を脱いだ後にも手洗いを行う.
法的対応
 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(通称:感染症法)」により,腸管出血性大腸菌感染症は三類感染症に指定されている.腸管出血性大腸菌感染症の患者,無症候性病原体保有者のいずれであっても,これらを診断した医師は直ちに保健所へ届け出を行うこととなっている.また,食中毒と診断した場合には,食品衛生法の規定により直ちに(24時間以内に)保健所へ届け出を行う.[大西健児]
■文献
清田 浩,相楽裕子,他:腸管出血性大腸菌感染症の諸問題.感染症学雑誌,85: 611-619, 2011.国立感染症研究所感染症情報センター:腸管出血性大腸菌感染症2010年(2011年7月29日現在).Infectious Diseases Weekly Report Japan, 13(36): 11-19, 2011.
齊藤剛仁,島田智恵,他:感染症発生動向調査からみた腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群,2010年.病原微生物検出情報,32: 141-143, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「腸管出血性大腸菌感染症」の解説

腸管出血性大腸菌感染症
ちょうかんしゅっけつせいだいちょうきんかんせんしょう
Enterohemorrhagic E coli infection
(感染症)

どんな感染症か

 O(オー)157をはじめとした腸管出血性大腸菌はヒトに下痢を起こす大腸菌のひとつで、ベロ毒素を産生します。この菌はウシの大腸に住んでいて、その腸内容物に汚染された食べ物(生または加熱不十分な牛肉、内臓、サラダなど)や水、手指を介して口から感染します。日本では1996年に学校給食が原因となり大規模な食中毒が発生しました。国内で監視が必要な3類感染症に指定され、年間3000~4000例の届け出があり、集団発生は保育園や高齢者介護施設などで続いています。

 少ない菌量で感染するため、ヒトからヒトへ接触感染します。小児や高齢者では腸炎のほかに溶血性尿毒症症候群(ようけつせいにょうどくしょうしょうこうぐん)や脳症を合併し、最悪の場合死に至ることがある点から、腸炎のなかでは最も注意を要する疾患のひとつです。

症状の現れ方

 典型的な場合、平均3~4日の潜伏期間の後、水様性下痢と激しい腹痛で発症し、1~2日後には便成分をほとんど含まない血性下痢が出現します。38℃以上の高熱はあまり出ません。順調であれば7~10日で治癒しますが、下痢発症後1週間前後に溶血性尿毒症症候群や脳症などの重い合併症を起こすことがあります。

 尿毒症の発生率は小児と高齢者で高く、5~10%とされていて、2006~2007年の報告例では、10歳未満で7.2%、全体で4.1%でした。毎年死者が出ています。

検査と診断

 便から大腸菌を検出し、ベロ毒素をもっていることが確認された段階で診断されます。診断が確定したら医師は保健所に届け出ます。最終確認までに数日かかりますので、症状から腸管出血性大腸菌感染症が疑われる場合は、便から直接ベロ毒素やO157を検出する迅速診断キットを用いて検査を行います。溶血性尿毒症症候群や脳症は症状と血液や尿の検査などで診断されます。

治療の方法

 基本は腸炎に対する対症療法です。腸の蠕動(ぜんどう)運動を抑える下痢止めは推奨されていません。抗菌薬の使用について、海外では使うべきでないとされていますが、日本では、発病3日以内であれば、特定の抗菌薬の使用が推奨されています。

予防のために

 小児や高齢者は生や加熱不十分な牛肉や内臓を避けること、手洗いを励行することです。

相楽 裕子

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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