日本大百科全書(ニッポニカ) 「血液」の意味・わかりやすい解説
血液
けつえき
血管の中を流れる赤色の流動組織をいう。その流れの速さは安静時でも1分間に全身を1回りするほどで、運動時にはその数倍にも達する。血液の働きは、おもに流れることによって物質を運搬することにある。物質の運搬とは次のようなものである。
(1)肺から取り入れた酸素を組織細胞にまで運び、組織からは二酸化炭素(炭酸ガス)を肺に運んで外界に放出させる。
(2)消化管から吸収された栄養素をまず肝臓まで運び、ついで全身の細胞まで運搬する。
(3)組織の分解産物で生体に不要となったものなどを腎臓(じんぞう)に運び体外に排泄(はいせつ)させる。
(4)内分泌腺(せん)から血液中に分泌されたホルモンを、その作用する器官・組織にまで運ぶ。
(5)体温を均一に保つ。体温が均一に保たれるのは、安静状態では肝臓、心臓、腎臓などの内臓で、運動時には筋肉などでつくられる体熱を、血液が循環して、全身に均等に分布させるという働きによるものである。
そのほか、生体に侵入する細菌、異物などを破壊、無毒化するなどの生体防御作用も備えている。
[本田良行]
血液の成分
血液を試験管に入れ、光に透かしてみると不透明に濁ってみえる。これは、赤血球などによって光が散乱されるためである。これらを有形成分とよび、赤血球、白血球、血小板などからなっている。有形成分以外は血漿(けっしょう)とよばれ、両者をあわせて全血という。全血に対する有形成分の百分比をヘマトクリットhematocritといい、その値はおよそ男子で45%、女子で42%である。この男女差は、有形成分のほとんどを占める赤血球数の違いによる。ヘマトクリット値の測定には、血液を均一な内径の試験管、または細いガラス毛細管にとって遠心分離すると、比重の大きい有形成分が下に沈むので、その沈殿層の長さから計算される。普通、赤血球と血漿の比重は1.1と1.03、全血の比重は1.06くらいである。
[本田良行]
血液の作用
血液の粘度は試験管内では水の約4.5倍もある。しかし、実際の生体内では、血管内を流れる血液の速さによっても粘度は左右され、流速が遅いほど粘度が高くなる。また、同じ流速の場合は、ヘマトクリット値が高いほど粘度が高くなる。この粘度の大小によって血流に対する抵抗が左右される。つまり、血流速度が遅く、ヘマトクリット値が高いほど血流抵抗が大きくなって、血液はますます流れにくくなるわけである。これは、病気の末期などによくみられる現象である。また、赤血球が増えすぎる(多血症)と血液が流れにくくなって、かえって組織の栄養障害がおき、逆に貧血になると血流抵抗が減少され、低血圧となってさまざまな障害が引き起こされることになる。
血液を蒸留水の中に入れると、赤血球の膜が破れ、中からヘモグロビンが出てきて透明な赤色の液となる。これを溶血とよぶ。また、血液を2~3%の濃い食塩水に入れると、赤血球はクワの実状に縮んだ形となる。0.9%の食塩水(生理的食塩水)に血液を入れると、赤血球は変形しないで保存することができる。これは、生理的食塩水と血液の浸透圧とが等しいからである。その圧は約7.8気圧にもなるが、大部分は血液中の電解質によるものである。
血液の水素イオン指数(pH)は7.4くらいで、1日の変動はせいぜい0.2以内である。pH7.0以下および7.6以上では長く生存することはできない。生体内では二酸化炭素をはじめとして硫酸、リン酸、さまざまの有機酸というような、血液のpHを変化させようとする物質が絶えず産生されている。それにもかかわらず、その値が非常に狭い範囲内に一定に保たれている(これを血液pHの恒常性とよぶ)のは、次のような働きによる。第一の働きは、血液自体に含まれるヘモグロビン、血漿タンパク、炭酸水素イオン、リン酸塩などによる物理化学的な緩衝作用によるものである。第二の働きは、呼吸による二酸化炭素の体外への排出と、腎臓による炭酸以外の酸を尿中に排泄する作用である。前者は1規定の酸にして1日十数リットル、後者は70~80ミリリットルくらいに達する。この第二の働きは生理的緩衝作用とよばれる。
血液の量は体重のおよそ8%である。体重60キログラムのヒトでは5リットル弱が血液量となる。血液は毛細管壁を介して約その倍量の組織液、さらに、この両者の合計の倍量にも及ぶ細胞内液と接触しており、絶えず物質の交換を行っているわけである。また、腎臓から排泄される尿量は、血液の浸透圧をよく反映して血液の濃縮と希釈を防ぐように働いており、かなりの出血をしたり、多量の水分をとった場合でも、血液量の変化はほんのわずかですむこととなる。
[本田良行]
赤血球
ヒトの赤血球は中央がへこんだ円板状で核がない。直径は約8マイクロメートル、厚さは中央で約1マイクロメートル、周辺で約2マイクロメートルである。赤血球は動物の種類によって異なり、鳥類、爬虫(はちゅう)類、両生類、魚類などでは有核である。ヒトの赤血球の形態は、できるだけ多くのヘモグロビンを含み、酸素の出入りに好都合なように進化したためと考えられている。赤血球の数は、1立方ミリメートル中に成人男子でおよそ500万、女子で450万である。したがって、身体全体での赤血球数は25兆にもなる。また、1個の赤血球の表面積は約100平方マイクロメートルであるから、全部で3000平方メートル(体表面積の約1700倍)となる。このように、ヒトは多数の赤血球による広い面積を体内にもつことにより、絶えず酸素と二酸化炭素の出し入れと運搬が可能となっている。赤血球の造血は、胎児の初期には肝臓や脾臓(ひぞう)で行われるが、後半からは骨髄で行われるようになる。出生後の造血は、初めは全身の骨髄で行われるが、成人に達するまでに、しだいに短骨、扁平(へんぺい)骨の骨髄だけで行われるようになる。造血を促すホルモンとしてエリスロポエチンerythropoietinがある。このエリスロポエチンは、たとえば高山に登るなどによって酸素欠乏をきたしたときに産生亢進(こうしん)し、おもに腎臓からその分泌が行われる。
赤血球は古くなると、主として脾臓や肝臓にあるマクロファージ(大食細胞)によって破壊される。破壊された赤血球内のヘモグロビンは、肝臓で処理されて胆汁色素として十二指腸内に排出される。便が着色されるのはこの色素によるためである。赤血球の平均寿命は120日であり、毎日、全赤血球の0.8%が壊されている。その量は毎秒200万個以上という莫大(ばくだい)な量である。しかし、生体は破壊に見合った数の赤血球を絶えず新生するので、全赤血球数にはすこしの変化もおこらない。
[本田良行]
ヘモグロビン
赤血球内に約35%の高濃度で含まれる色素タンパクで、血色素ともいう。鉄を含んだポルフィリン化合物のヘムとグロビンというタンパク質からできているため、ヘモグロビンとよばれる。1個のヘモグロビン分子はα(アルファ)とβ(ベータ)という構成成分を2個ずつ含んでいる。その各成分は、それぞれ1個の酸素分子と結合するので、合計4分子の酸素がヘモグロビンによって運ばれることとなる。ヘモグロビンは複雑な立体構造をもち、とくにαとβの組合せ状態は四次構造とよばれる。この四次構造は酸素や二酸化炭素の出入りとともに変化し、生体におけるこれらの物質運搬に好都合なように働いている。ヘモグロビンは酸素との結合、放出に伴って鮮紅色から暗赤色へと変化する。血液1リットルによって結合可能な酸素量は約0.2リットルである。
[本田良行]
白血球
白血球は血液1立方ミリメートル当り6000~8000個で、赤血球の500ないし1000分の1くらいである。しかし、種類は豊富で、顆粒(かりゅう)白血球である中性好性、酸好性、塩基好性のほか、リンパ球、単核細胞などがある。こうした白血球のうち主要な種類は中性好性白血球(好中球)で全体の約60%、ついでリンパ球の30%である。白血球の働きを総括すれば生体の防御作用にある。その一つは、侵入した細菌、異物などを直接貪食(どんしょく)する作用である。このためには、白血球は目的の場所までアメーバ運動によって到達しなければならない。この性質は遊走性とよばれ、とくに中性好性白血球によく発達している。したがって、急性の感染症などのときにはこの白血球が真っ先に増加する。一方、単核細胞は遊走性は低いが、中性好性白血球の10倍も細菌を貪食する力があるため、慢性の感染症などのときには、この白血球が増加することになる。リンパ球は外見は同じだが、T細胞、B細胞、NK細胞の3種類があり、T細胞はさらに免疫応答を活性化するヘルパーT細胞、免疫応答を抑制するサプレッサーT細胞、ウイルスや細菌などの異物を攻撃するキラーT細胞に分かれる。一方、B細胞は免疫グロブリン(Ig)をつくることによって細菌、毒素などを無力化する。また、アレルギー、アナフィラキシーなどのいわゆる免疫に関係した生体反応の発症にも関係する。免疫グロブリンにはIgM、IgG、IgA、IgD、IgEの5種類がある。このうちIgGが全体の75%を占め、IgEはアレルギーに関係する。NK細胞はがん細胞などの異物を攻撃する。
白血球数が1立方ミリメートル当り5000以下になると白血球減少症とよび、危険となる。とくに顆粒白血球減少症の場合、その数が2000以下になると身体の抵抗力が極度に衰え、死亡率が非常に高くなる。白血球は赤血球のように血管内だけにとどまっていないで、組織やリンパ内にどんどん出ていくため、その寿命を正確に測定することはむずかしいが、一般的には、中性好性白血球などの顆粒白血球の寿命は10日前後、リンパ球の大部分は100~200日、一部は3~4日とされている。
[本田良行]
血小板
血小板は、骨髄の多形核巨大細胞という直径35~160マイクロメートルの細胞原形質内にでき、この細胞の崩壊とともに流血中に放出される。血小板は無色で、球形、卵円形、桿(かん)状とさまざまな形をとり、直径2~4マイクロメートルの無核の細胞片である。電子顕微鏡でみると、ミトコンドリア、リボゾームなどのほか、直径0.2~0.3マイクロメートルの球形の顆粒が充満している。この顆粒には、セロトニンとアデノシン二リン酸(ADP)を含むものと、加水分解酵素とカルシウムを含むものとがある。血小板は血液1立方ミリメートル中に25万~35万個の範囲に調節されている。血小板は、血管が破れたところに露出した膠原(こうげん)線維に粘着する。セロトニンは破れた血管を収縮させ、ADPは他の血小板を引き付けて血小板の塊(白色血栓)をつくるのに役だつ。さらに、血小板中の第三因子は、血液の凝固に際して働くトロンボプラスチンの形成に役だっている。このように、血小板は出血を止めるうえで重要な働きをしているわけである。
[本田良行]
血漿
血球以外の血液成分を血漿といい、その91%くらいが水分である。おもな無機成分としてはナトリウム、カリウム、カルシウム、塩素(クロール)、リン酸、炭酸水素イオンなどがある。これらの濃度は血液の浸透圧を決めるうえで重要である。有機成分としては、まずブドウ糖があり、これは血漿100ミリリットル当り70~90ミリグラム含まれている。ブドウ糖は細胞の代謝活動のエネルギーを供給するうえで、もっとも重要な栄養素である。その濃度は、インスリン、グルカゴン、成長ホルモン、カテコールアミンなどの種々のホルモンのバランスによって巧みに調節されている。次に重要な有機成分は血漿タンパク質である。血漿タンパク質は血漿中に6.5~8.0%の割合で含まれており、アルブミンとグロブリンに分けられる。この血漿タンパク質は、各種細胞の栄養源や、さまざまな機能性タンパクの運搬、膠質(こうしつ)浸透圧による血液・組織液間の液量のバランスを保つといった働きのほか、緩衝作用によって血液pHの恒常性を維持する、血液凝固に必要なタンパク質を供給する、免疫グロブリンを含み、生体の防御作用に参加する、などの重要な働きをもっている。なお、血清とは血液凝固が完了したのち、凝固塊の周囲に残る黄色透明な液体をいい、その成分は、血漿成分のうち、凝固に際して析出したフィブリノゲンを除いたものである。
[本田良行]
血液ガス
血液によって運搬される酸素、二酸化炭素、さらにそれらによって規定される血液pHを総称して血液ガスとよぶ。安静時においても生体は、細胞の代謝活動のために毎分約250ミリリットルの酸素を必要とする。しかし、血液によって運搬可能な酸素の容量は最大で毎分約1リットルにしかすぎない。したがって、数分間血液の流れが止まっただけで生体はただちに強い酸素欠乏に陥ることになる。一方、二酸化炭素は水と反応して炭酸となり、酸として働く。その量は、1日に1規定の酸にして十数リットルにも達するため、血液によって運搬されて、肺から放出されないと血液pHの低下により強い酸血症となる。血液ガスの運搬は絶えずダイナミックに行われて、すこしも休むことがない。この仕組みこそが、人体の血液循環を語るとき、もっとも大きな特徴といえるわけである。
[本田良行]
動物における血液の系統発生
無脊椎(せきつい)動物は一般に開放系の血管系をもち、脊椎動物の血液は閉鎖血管系の中を流れている。脊椎動物の血色素は赤血球に入っているが、無脊椎動物の多くのものでは、血色素は血漿中に溶けている。血色素のうち赤血球中にあるのはヘモグロビンとヘムエリスリンだけで、ヘモグロビンは脊椎動物のほとんどすべてにあり、無脊椎動物ではヘモグロビンの分布と系統樹の間に一定の法則はない。昆虫でヘモグロビンがあるのはユスリカ、ウマバエなどの幼虫だけである。環形動物ではヘモグロビンが血球内と血漿の両方に存在するものもある。軟体動物にはヘモグロビンとヘモシアニンがあるが、ヘモグロビンが血漿内にあるもの(ヒラマキミズマイマイ)と血球内にあるもの(アカガイ)がある。原生動物にもゾウリムシやテトラヒメナにはヘモグロビンがある。甲殻類のミジンコでは通常の酸素濃度の水中ではヘモグロビンができないが、酸素量が約3分の1に下がるとヘモグロビンが生じて体色が赤みを帯びる。このような個体が大量に増殖したものが赤潮である。ヘムエリスリンはヘモグロビンと同様に鉄を含む呼吸タンパク質で、酸化すると赤紫色、酸素を放出すると無色になる。星口(ほしぐち)動物のホシムシ類、袋形(たいけい)動物のエラヒキムシ、触手動物のシャミセンガイなどの血球中に存在する。クロロクルオリンも鉄を含み、無脊椎動物の血漿中にある緑色の色素である。ヘモシアニンは軟体動物(腹足類、頭足類、双神経類など)、節足動物(甲殻類、クモ類、昆虫)の血リンパ液中にあり、銅を活性中心にもつ呼吸タンパク質で、酸素と結合すると二価銅になり青色をしているが、酸素を放出すると一価銅となり無色に戻る。特異な血色素としては、ホヤなどの被嚢(ひのう)類の血球(バナドサイト)や体胞液にあるバナジウムvanadium、クロモゲンchromogenがある。しかし、バナジウムについては、この物質が呼吸色素として働くという説は確定していない。
[大岡 宏]
動物における血球の系統発生
海綿動物には循環系がないが、アメーバ様の運動をする遊離細胞がある。吸虫類以上の動物には不完全な循環系があり、白血球が存在する。無脊椎動物にはさまざまな形をした白血球があり、リンパ球に近いものやマクロファージ様のものは下等な生物から存在し、やや高等になると顆粒や封入体をもち、多くの種類に分かれる。無脊椎動物の赤血球もいろいろの形態をもち、細胞質内に顆粒を含んでいて、赤色素は顆粒に含まれている。これらの赤血球は同時に白血球としての機能も備えている。脊椎動物の赤血球は非運動性で、哺乳(ほにゅう)類では核がなく小形であるが、他の脊椎動物の赤血球は有核で、両生類の有尾類などのように巨大な赤血球もある。血球がつくられる場所は、魚類、両生類では脾臓などの間質、腸、循環系の中などであるが、爬虫類以上では骨髄が主となる。なお、血液のことを血ともいうが、血には血縁など象徴的な意味も含まれている。
[大岡 宏]
『高木健太郎・岡本彰祐編『生理学大系Ⅱ 血液・呼吸の生理学』(1968・医学書院)』▽『岡本歌子著『血液』(光文社・カッパブックス)』