日本歴史地名大系 「草茂庄」の解説 草茂庄くさものしよう 長野県:塩尻市洗馬地区本洗馬村草茂庄仁和三年(八八七)「多武峯略記」に、藤原冬緒が、筑摩(つかま)郡蘇我(そが)郷草茂庄を大和国多武峯(とうのみね)妙楽寺に施入したことが「信濃国筑摩郡蘇我郷字草茂庄一処田類(数カ)等在施入状、右大納言藤原冬緒卿浜茂卿之曾孫、所奉施入也」とみえる。冬緒は仁和三年四月に致仕した大納言である(三代実録)。この蘇我郷は「和名抄」の崇賀(そが)郷で、その位置は筑摩郡の南端奈良井(ならい)川の段丘上にあたり、現塩尻市宗賀(そうが)・洗馬地区の大部分と木曾郡楢川(ならかわ)村と想定されている。草茂庄はその中にあることになるが、草茂は笠間の転とし、床尾(とこお)・洗馬以南の高い段丘地帯、すなわち奈良井川の谷の段丘、木曾郡楢川村までの鳥居峠以南の地で、その中心地は奈良井付近であると想定される。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by