鳥居峠(読み)とりいとうげ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「鳥居峠」の解説

鳥居峠
とりいとうげ

長野県南西部,木曾谷の北部,中山道にある標高 1197m。日本海側への奈良井川,太平洋側への木曾川の分水界をなす。和銅6 (713) 年岐蘇 (きそ) 路が開通した頃は県 (あがた) 坂と呼ばれ,信濃美濃国境であった。古代は木曾谷の北の境界と考えられ,中世源義仲子孫鳥居を建てたことが名称の由来。近世,中山道時代は交通量が多く,貞享5 (1688) 年峠を通った松尾芭蕉句碑などもある。中央本線と国道 19号線のトンネルが開通したことにより寂れたが,1971年自然遊歩道として整備された。

鳥居峠
とりいとうげ

群馬県西部の嬬恋村長野県東部の上田市とのにある峠。標高 1362m。北の四阿山と南の烏帽子岳の間の鞍部にあたる。旧信濃路支道,上田街道 (国道 144号線) の最高地点で,上信州を結ぶ重要な交通路であった。東側に古永井 (ふるながい) ,西側に渋沢の峠下集落が発達した。上信越高原国立公園に属する。

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デジタル大辞泉「鳥居峠」の解説

とりい‐とうげ〔とりゐたうげ〕【鳥居峠】

群馬県吾妻(あがつま)郡と長野県上田市との境の峠。標高1362メートル。
長野県西部、木曽郡木祖(きそ)村にある峠。標高1197メートル。太平洋側と日本海側の分水界をなす。中山道の奈良井(ならい)宿が北に、藪原(やぶはら)宿が南にあった。

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精選版 日本国語大辞典「鳥居峠」の解説

とりい‐とうげ とりゐたうげ【鳥居峠】

[一] 群馬県と長野県との境にある峠。四阿(あずまや)山と角間山・湯ノ丸山との鞍部にあたり、利根川支流の吾妻川と千曲川支流の神川の分水界をなす。標高一三六二メートル。
[二] 長野県、木曾谷の北方にある峠。東側を信濃川水系の奈良井川が北流し、西側を木曾川の上流が南流する。御嶽神社遙拝の鳥居がある。標高一一九七メートル。

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世界大百科事典 第2版「鳥居峠」の解説

とりいとうげ【鳥居峠】

長野県小県(ちいさがた)郡と群馬県吾妻(あがつま)郡の境にある峠。標高1362m。国道144号線が通っており,旧鳥居峠は現在の峠より北にあって標高1390mの地点を通過していた。江戸時代この峠を通る大笹街道は北国街道脇往還として繁栄し,北信濃の種油が大量輸送されたことから油(あぶら)峠とも呼ばれた。1932年車道が開通し,上田市と嬬恋(つまごい)村など北上州を結んでいる。四阿(あずまや)山の遥拝所があり,鳥居が設けられたことからその名がつけられた。

とりいとうげ【鳥居峠】

長野県西部,木曾谷の北端に近い峠で,南流する木曾川と松本盆地へ北流する奈良井川を分け,太平洋岸と日本海岸の分水嶺になっている。標高1197m。北側に奈良井,南に藪原の宿があり,中山道随一の難所であった。702年(大宝2)岐蘇路(きそじ)の開削とともにこの峠が生まれたが,当時は県坂(あがたざか)と呼ばれた。地名の由来は戦国時代,木曾義元が戦いに勝った時に,鳥居をたてて神に感謝したことにあるという。1890年峠を巻いて国道が通じ,1910年には中央本線のトンネルが,55年には国道19号線のトンネルが開通した。

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