荒平村(読み)あらひらむら

日本歴史地名大系 「荒平村」の解説

荒平村
あらひらむら

[現在地名]杵築市溝井みぞい

鴨川かもがわ村の西にあり、溝井川の北に位置する。北高南低の土地に家々が点在する。小倉藩慶長人畜改帳では木付上きつきかみ庄に属し、家数九・人数二七(うち本百姓三・肝煎一)、牛四とある。小倉藩元和人畜改帳では高一〇五石余、家数七・人数三二(うち肝煎一・下肝煎一・本百姓二・名子三・下人一)、牛五。正保郷帳では八坂やさか庄の上庄かみしよう村のうちに含まれる。元禄郷帳では高八四石余。文久三年(一八六三)の田畑根付目録(工藤家文書)に田六町八反・畑三町三反とある。

荒平村
あらへらむら

[現在地名]川崎町安真木あまぎ

木城きしろ村の南東に位置する。森林が多いため、薪炭を多く産出する(豊前村誌)。アラヒラともいう。慶長七年(一六〇二)四月一〇日の検地帳である荒平村惣帳写(藤江家文書)には、総高一〇七石九斗三升八合五勺とある。元和八年人畜改帳に村名はみえず、東の安宅あたか村に含まれていたと考えられる。元禄国絵図に「安宅村ノ内 荒平」とあるが、元禄一五年(一七〇二)の赤池御蔵前一紙目録(猪膝手永中村家文書)には村名が記され、宝永四年(一七〇七)の田川郡本田郡鑑(同文書)では高一〇七石余。

荒平村
あらひらむら

[現在地名]水俣市石坂川いしざかがわ

石坂川が水俣川に合流する地点の東にある水俣川沿岸の村で、北に桑生くわはえ村、南に石坂川村、西には葛渡くずわたり村がある。寛永一〇年(一六三三)の人畜改帳に葛渡村の小村として「あら平村」がみえるが、記載住民は三郎左衛門の一家男七・女六のみで、牛一・馬一を所有している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

自動車税・軽自動車税

自動車税は自動車(軽自動車税の対象となる軽自動車等および固定資産税の対象となる大型特殊自動車を除く)の所有者に対し都道府県が課する税であり、軽自動車税は軽自動車等(原動機付自転車、軽自動車、小型特殊自...

自動車税・軽自動車税の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android