萱生玄順(読み)かよう げんじゅん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「萱生玄順」の解説

萱生玄順 かよう-げんじゅん

1772-1837 江戸時代後期の儒者,医師。
安永元年生まれ。代々三河(愛知県)田原藩につかえた。尾張(おわり)名古屋で儒学,医術をまなび,のち江戸で亀田鵬斎(ほうさい)に師事した。文化7年藩校成章館の儒官となった。天保(てんぽう)8年6月10日死去。66歳。名は金言。号は茅山。字(あざな)は玄淳ともかく。著作に「続とりてくさ」「田原城主考」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む