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藤原朝獦 ふじわらの あさかり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原朝獦 ふじわらの-あさかり

?-764 奈良時代の公卿(くぎょう)。
藤原仲麻呂(なかまろ)の3男。父とともに姓に恵美の2字をくわえられた。陸奥(むつ)按察使(あぜち)兼鎮守将軍となり,天平宝字(てんぴょうほうじ)3年雄勝(おがち)城(秋田県),桃生(ものう)城(宮城県)を造営。仁部(民部)卿,東海道節度使をつとめ,6年参議。父の反乱に際して行動をともにし,天平宝字8年9月18日処刑された。名は朝猟,朝狩ともかく。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふじわらのあさかり【藤原朝獦】

?‐764(天平宝字8)
奈良時代の官人。朝猟,朝狩とも書き,恵美朝獦とも称した。藤原仲麻呂(恵美押勝)の三男。橘奈良麻呂の変直後の757年(天平宝字1)従五位下陸奥守となり,759年正五位下,翌年には雄勝(おがち)城・桃生(ものう)城の造営と蝦夷経営に治績があった功により従四位下となった。その後仁部(民部)卿兼陸奥出羽按察使,東海道節度使,参議と進み,762年の多賀城碑もその修造になるというが,父恵美押勝の乱に近江国勝野鬼江で捕らえられ,斬首された。

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世界大百科事典内の藤原朝獦の言及

【雄勝城】より

…そのために759年(天平宝字3)に築かれたのが雄勝城である。これは東北の行政・軍事の全権をゆだねられた藤原朝獦が積極的に推進した政策で,雄勝城築城に呼応するがごとく,陸奥側では同時に桃生(ものう)城が築かれる。雄勝城は築城以来10世紀ごろまでにかけて,国府,秋田城とならんで,出羽国統治の中心的役割を果たした城柵である。…

【桃生城】より

…737年(天平9)にみえる牡鹿,新田,色麻,玉造などの諸柵で一応宮城県北鳴瀬川・江合川流域をすでに把握していたが,さらに歩を一歩進めようと意図したものである。これは東北の行政・軍事の全権を掌握した藤原朝獦(あさかり)が出羽国の雄勝城とともに,築造に力を注いだ城である。この桃生城は,757年(天平宝字1)に築造が計画され,760年に完成したものと考えられている。…

※「藤原朝獦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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