藤島館跡(読み)ふじしまたてあと

日本歴史地名大系 「藤島館跡」の解説

藤島館跡
ふじしまたてあと

[現在地名]十和田市藤島 小山上平

奥入瀬おいらせ川の右岸、藤島集落の南側の台地にある。享和三年(一八〇三)の仮名付帳に「古館 米田左近の居城の由」とあり、米田氏が居住したため米田まいた館ともいう。永禄一〇年(一五六七)頃と推定される一〇月一六日付の南部晴政書状(遠野南部文書)に「七戸にも五戸米田口無透御契候由承候」とみえる。

「南部諸城の研究」によると台地が河谷に臨んだ所を利用し、東方には深谷があり、西方は地隙である。西方の堀は幅二〇メートル・深さ一〇メートルに及び、南側は二重堀で内堀は幅一〇メートル・深さ八メートル、さらにその南岸より八メートルを隔てて幅三メートル・深さ二メートルの外堀がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む