衆楽園(読み)しゆうらくえん

日本歴史地名大系 「衆楽園」の解説

衆楽園
しゆうらくえん

[現在地名]津山市山北

山北(やまきた)の南中央部にある回遊式庭園で、津山藩主森氏二代長継が他藩の使者を謁見する場として、明暦年間(一六五五―五八)に築いたと伝える。津山藩松平氏時代には御対面所と称され、藩主や家族の休息所に、また能や武芸の上覧、狩猟・酒宴の場として使用された。享保期(一七一六―三六)と推定される絵図(津山郷土博物館蔵)によると東西一四二間・南北一六二間、二万三千五〇四坪という広大な敷地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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