西導寺(読み)さいどうじ

日本歴史地名大系 「西導寺」の解説

西導寺
さいどうじ

[現在地名]氏家町氏家

旧氏家宿のほぼ中央にあり、旧奥州街道に東面している。塩谷山地蔵院と号し、浄土宗。本尊は伝恵心僧都作の阿弥陀如来坐像。寺伝によると建久二年(一一九一)に宇都宮朝綱の次男氏家五郎兵衛尉公頼が開基、当初は真言宗で、高野山地蔵院と称したという。氏家氏代々の菩提所で、関東の高野山とも称され、寺運は隆盛であった。


西導寺
さいどうじ

[現在地名]八開村江西 寺北

水精山と号し、真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。文和元年(一三五二)黒田左衛門尉為安入道の造立とされ、初めは美濃国中島郡大須おおす(現羽島市)にあり、真言宗であった。後に川北かわきた村に移り、僧教順の時浄土真宗に改宗し、寺名を西林せいりん寺とし名古屋に移ったが、その後東派直参となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む