西山会議派(読み)せいざんかいぎは(その他表記)Xi-shan-hui-i-pai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「西山会議派」の意味・わかりやすい解説

西山会議派
せいざんかいぎは
Xi-shan-hui-i-pai

1925年 11月~26年1月,北京の西山碧雲寺で会議を開き,1期四中全会の名義で反共的な宣言をした中国国民党内の反共右派の一派をいう。この会議に集ったのは林森,戴伝賢鄒魯,謝持,居正,張継,邵元冲ら十数名。理論的指導者は戴季陶で,国民党からの共産主義者追放,および広東政府のロシア人顧問 M.ボロディンの追放を要求した。 26年の国民党二全大会はこの西山会議派を除名処分にしたが,同派は別に上海で大会を開いてそれに対抗した。国民党の右傾化を促進し,27年の国共分裂の一要因となった。

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