日本歴史地名大系 「西表炭坑跡」の解説
西表炭坑跡
いりおもてたんこうあと
[現在地名]竹富町西表
一八八五年(明治一八年)から一九六〇年(昭和三五年)まで西表島西部一帯にあった県内唯一の炭坑。石炭の存在はすでに近世期に知られ、「燃石」として登場する(八重山島諸記帳)。石炭の採掘は一八八五年に三井物産会社による
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
一八八五年(明治一八年)から一九六〇年(昭和三五年)まで西表島西部一帯にあった県内唯一の炭坑。石炭の存在はすでに近世期に知られ、「燃石」として登場する(八重山島諸記帳)。石炭の採掘は一八八五年に三井物産会社による
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