日本歴史地名大系 「観性寺」の解説 観性寺かんしようじ 群馬県:館林市館林城下材木町観性寺[現在地名]館林市仲町東西に走る県道館林―藤岡線の北方、覚応(かくおう)寺の東にあり、宝塔山慈眼院と号し真言宗豊山派。本尊は大日如来。天正四年(一五七六)法印弘喜を開山として創建され、観音寺と称した。嘉永元年(一八四八)五月一八日出火により全焼、翌二年七月再建されたものの、明治三〇年(一八九七)七月再び火災にあい、現在の本堂は同三九年の建立。同四一年当寺の北東にあった鞘(さや)町の真言宗自性(じしよう)院(本尊不動明王)を合併、同四三年寺名を改称した。このとき自性院の仁王門と薬師堂が境内に移された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by