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諫早湾 いさはやわん

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知恵蔵2015の解説

諫早湾

諫早湾干拓事業」のページをご覧ください。

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

いさはや‐わん【諫早湾】

九州西部、有明海南西部にある内湾。日本でも有数の干潟が広がり、貝やのりの養殖が盛んであったが、平成元年(1989)防災と農地造成を目標に農水省が干拓事業を始め、平成9年(1997)堤防水門を閉鎖、干潟は消滅した。平成19年(2007)堤防の完工式が行われた。

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百科事典マイペディアの解説

諫早湾【いさはやわん】

有明海の一部が,島原半島北側で大きく西側に入り込んだ部分をさす。農林水産省および長崎県による〈諫早湾防災総合干拓事業〉でその名は広く知られるが,地図上で表現されることは稀な,いわば通称地名である。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔長崎県〕諫早湾(いさはやわん)


長崎県南東部、島原(しまばら)半島の北側に有明(ありあけ)海(島原湾)から湾入した支湾。本明(ほんみょう)川の沖積作用による浅海が広がり、干潮時には広大な干潟が現れる。第二次大戦直後から国営干拓事業が実施され、1997年(平成9)に湾口に締め切り堤防(いわゆるギロチン堤防)が完成した。その後、有明海(島原湾)の水質が悪化、ノリ栽培に悪影響が発生するなどした結果、堤防の開門をめぐって漁民側が国を提訴。2008年佐賀地裁で開門を命じる一審判決、2010年福岡高裁でこれを支持する控訴審判決が出され、菅直人(かんなおと)首相は上告を断念した。

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