朝日日本歴史人物事典 「谷宗牧」の解説
谷宗牧
生年:生年不詳
戦国時代の連歌師。越前国一乗谷(福井市)出身といわれる。号は孤竹斎。子に宗養がいる。宗碩に連歌を学び,宗長にも師事し,飯尾宗祇,猪苗代兼載の句風を理想として修業をした。伊勢,近江,関東,中国,九州など地方にたびたび下向。宗長,宗碩亡きあと,連歌界の第一人者となり,天文5(1536)年9月には連歌宗匠になっている。繊細で巧みな句風で,発句に「水遠きかりがね送る柳かな」,「月みばとのみ契り置く秋」の前句に付けた「色々の花はあれども萩の露」などがある。三条西家,近衛家とつながりを持ち,死に臨んでは近衛稙家に,一子宗養の庇護を願っている。連歌論に宗養のために記した『当風連歌秘事』や『四道九品』『闇夜一灯』などがある。
(伊藤伸江)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報