…明治維新後,新政府は伏見宮以下の世襲親王家は例外として存続を認め,他は大宝令の制度に復帰する原則を立てたが,皇室典範の制定に当たり,皇族制度もまったく一新された。 上古以来,皇胤から出て皇別を称した氏族は少なくなかったが,令制以後も諸王の賜姓降下がしだいに増え,平安時代に入ると,皇子の賜姓降下の例も開かれた。ことに嵯峨天皇が皇子女に源姓を賜って臣籍に下してからは,醍醐天皇まで歴代天皇の皇子女の賜姓源氏は100人近くにのぼり,その後も正親町天皇の皇子(家号広幡)に至るまで,皇子・皇孫の賜姓源氏が断続的に生まれた。…
※「賜姓降下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...