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赤尾丹治 あかお たんじ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

赤尾丹治 あかお-たんじ

1767-1812 江戸時代後期の農民。
明和4年生まれ。豊前(ぶぜん)宇佐郡(大分県)赤尾村の大庄屋赤尾三左衛門の養子。養父が開削した赤尾新井堰(ぜき)の工費返済をめぐり,中津藩は年貢の追加上納と新税の賦課をもってした。養父没後,それらの廃止を哀訴嘆願したがうけいれられず,文化9年農民らと強訴。打ちこわしの首謀者として同年8月28日斬首された。46歳。
【格言など】悪虫や生れかはりて弥陀の国(辞世)

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

赤尾丹治

没年:文化9.8.28(1812.10.3)
生年:生年不詳
豊前国(大分県)中津藩領の宇佐郡下赤尾村の人。文化9(1812)年一揆の指導者。前年11月に豊後岡藩で始まった年貢増徴,専売制度の新法に反対する農民の一揆は,すぐさま豊前,豊後諸藩に波及し,9年1月に中津藩領へも飛び火した。中津藩農民は定免制の採用,加免廃止など36カ条の要求書を提出。藩側の回答を不服として,2月19日から22日まで各地の庄屋,豪農宅30軒余を打ちこわし,最大2万人が集結した。3月から一揆首謀者が捕縛され,8月に丹治をはじめ7人が死罪となった。その辞世の句は「悪虫や生れかはりて弥陀の国」。<参考文献>「党民流説」(『編年百姓一揆史料集成』9巻),「文化9年御領中騒動一件諸控」(『伊藤田家文書』),『大分県史』近世編Ⅱ,『中津市史』

(宮崎克則)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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