近衛忠凞(読み)このえただひろ

世界大百科事典 第2版の解説

このえただひろ【近衛忠凞】

1808‐98(文化5‐明治31)
幕末期の公卿。1847年(弘化4)右大臣となる。島津斉彬の要請をうけて,斉彬の養女敬子(すみこ)をみずからの養女とし,56年(安政3)12月,近衛家から将軍徳川家定に嫁がせた。これは,斉彬や松平慶永が推した一橋慶喜を将軍継嗣に定めるための布石であった(将軍継嗣問題)。57年左大臣となり,鷹司政通鷹司輔熙三条実万とともに慶喜擁立のために運動し,井伊直弼と結んだ関白九条尚忠とは対抗関係にあった。58年6月,継嗣が徳川慶福に定まった後も,勅許を得ないで日米修好通商条約に調印したことを理由として幕府を批判し続け,同年8月の水戸藩への降勅にも参画した。

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世界大百科事典内の近衛忠凞の言及

【煎茶道】より

煎茶とは茶葉を湯で煎じて飲むこと,抹茶(挽茶(ひきちや))以外の日常に飲む茶あるいはその茶葉を総称する場合もある。茶の湯(茶道)に対して,煎茶の煎法,手前,作法を煎茶道という。
【歴史】

[日本人と喫茶]
 〈煎茶〉の文字の,日本における文献上の初見は《日本後紀》の815年(弘仁6)に嵯峨天皇が,近江国唐崎に行幸し,その帰路梵釈寺に立ち寄ったときの記録である。〈大僧都永忠,手自煎茶奉御(手自ら茶を煎じ奉御)……〉と記されている。…

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