鄭芝溶(読み)ていしよう

百科事典マイペディアの解説

鄭芝溶【ていしよう】

朝鮮のモダニズム詩人。1923年同志社大学に留学するころから詩を発表し始め,北原白秋主宰の《近代風景》にも日本語詩を発表する。帰国後は教鞭(きょうべん)をとりながら作詩活動を続け,《郷愁》《海》《白寿山》などが《鄭芝溶詩集》(1935年),《白鹿潭》(1941年)に収められる。詩は深みに欠けるが,言葉の選び方に神経を使っており感覚的な比喩が巧みである。
→関連項目九人会

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世界大百科事典 第2版の解説

ていしよう【鄭芝溶 Chŏng Chi‐yong】

1903‐?
朝鮮の詩人。忠清北道生れ。日本の同志社大学英文科卒。1927年ころより詩作を始める。《文章》誌の詩部門推薦人として多くの新人を世に送り出した。《鄭芝溶詩集》(1935),《白鹿譚》(1941)等の詩集がある。言語感覚にすぐれ,朝鮮語の美しさを極限にまで駆使した詩人といわれている。解放後は梨花女子大学校の教授として,また,左翼文壇のリーダーとして活躍。朝鮮戦争のとき越北し,以後消息は不明である。【 学 準】

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