デジタル大辞泉 「神経」の意味・読み・例文・類語
しん‐けい【神経】
1 からだの機能を統率し、刺激を伝える組織。中枢神経(脳・脊髄)と末梢神経(脳神経・脊髄神経・自律神経)に大別される。神経系を構成する神経細胞(ニューロン)は、1個の細胞体とそこから伸びる多数の突起から成り、最も長い突起は軸索(神経線維)と呼ばれる。また、末梢神経系にみられる神経線維の束を神経という場合もある。
2 物事に感じ、それに反応する心の働き。また、特に過敏な心の働き。感受性。「
[類語](1)中枢神経・
多細胞動物に特有の器官で、身体のすべての器官の働きを連結・統御し、動物個体が有機的に生命を維持していくことができる系統をいう。神経系は身体内外から受けた刺激を感受し、それを興奮として中枢に伝え、中枢に生じた興奮を筋性および腺性(せんせい)器官に伝え、同時に諸器官の働きを調節するように働く刺激の伝導系である。
神経は単細胞動物や植物組織には存在しないものであるが、ヒトでは精神作用をも営んでいる。神経の名称は、杉田玄白(すぎたげんぱく)が『解体新書』で初めて用いたもので、字義は神気経脈の「神」と「経」とをとって「精神の経路」という意味であった。なお、一般に神経とよぶ場合、前述の神経系のほか、後述するニューロン、神経線維、末梢(まっしょう)神経などをさすこともあり、多義的に使われる用語といえる。
[嶋井和世]
神経系は、中枢神経系と末梢神経系とに2大別される。中枢神経系とは脳と脊髄(せきずい)とをいい、末梢神経系とは、中枢神経に出入する神経線維や体の諸器官に存在する神経細胞のすべてをいうが、末梢神経系は体のあらゆる部分との連絡を行うための連絡路となるものである。末梢神経系には脳神経と脊髄神経とがあり、脳神経とは脳から出入する神経線維(12対)をいい、脊髄神経とは脊髄の全長にわたって出入する神経線維(31対)をいう。また、末梢神経系のなかには、刺激によって生じた興奮を末梢から中枢へ伝える知覚神経(求心性神経)と、逆に興奮を中枢から末梢に伝える運動神経(遠心性神経)とがある。
さらに神経系は、生理的な働きのうえから、動物神経系と植物神経系とに分けることができる。動物神経系は動物性機能、つまり個体を環境の変化に適応できるように調節する機能をもち、横紋筋の運動や感覚作用、思考などの精神作用をつかさどる系統であるため、体性神経系、環境神経系などともよばれる。植物神経系は植物性機能、すなわち消化、吸収、循環、呼吸、分泌、栄養、生殖などを無意識のうちに支配し、調節し、生命保持の役割をもつ系統であるため、自律神経系、内臓神経系、生命神経系などともよばれる。植物神経系は、さらに交感神経系と副交感神経系とに分けられる。両系統は普通、相反する働きをつかさどっていながら、相互の協調によって生命現象の維持に努めている系統である。以上の動物神経系、植物神経系は、中枢神経系、末梢神経系においても密接に関係を保っており、両系統の一部には混在している部分もある。
一般的に神経系を研究する学問を神経学とよび、神経系の構造、作用、生化学、病理を調べる学問をそれぞれ神経解剖学、神経生理学、神経化学、神経病理学とよんでいる。また、臨床医学には神経系の疾患に関係する神経内科学、神経外科学などがある。
[嶋井和世]
神経系の構造の要素は神経組織である。神経組織は、刺激の興奮を伝達する、あるいは神経系の働きの単位となる神経細胞(ニューロン、神経元)と、神経細胞を支持、保護し、神経細胞の栄養に関係する、いろいろの型の神経膠細胞(こうさいぼう)(グリア細胞)からなっている。神経系はこれらの細胞の集合体である。ニューロンは、神経細胞体とその細胞体から出る細胞突起からなっており、細胞突起には2種類がある。一つはきわめて長い神経突起(軸索突起、軸索)であり、他は短い樹状突起である。神経突起は1本のみであるが、樹状突起は複数本となっている。神経突起は細胞外からの刺激を受け取り、この刺激によって細胞内に生じた興奮を伝達する機能をもっている。なお、通常、神経細胞とよぶ場合にはニューロンを構成する神経細胞体をさし、単に神経線維あるいは神経とよぶ場合には多くは神経突起あるいはその束(そく)をいう。中枢神経系では神経細胞(神経細胞体)が緻密(ちみつ)に存在し、神経線維(神経突起)が束をつくって走っている。また、諸器官の近くや、その内部の要所には神経細胞の集団(神経節とよぶ)が存在している。
神経系の大部分の神経線維には、その全長にわたって線維の周囲を巻いている鞘状(しょうじょう)の構造がある。この鞘状構造は、神経突起の周囲に存在する鞘細胞がひだ状に薄く伸展して神経突起を1層か重層に取り巻いてできたものであり、最外側のひだをシュワン鞘、内層の重層のひだを髄鞘とよぶ。重層のひだは重なったまま細胞膜が癒合し、ミエリンとよぶリポプロテイン複合体を形成する。この髄鞘を形成する鞘細胞は、末梢神経線維ではシュワン細胞、中枢神経内の神経線維では稀突起(きとっき)膠細胞がこれにあたるが、いずれも神経膠細胞の種類である。神経系の大部分の神経線維は有髄神経線維で、自律神経線維に属する線維は細くて、無髄神経線維となる。なお、神経線維の興奮伝達の際、髄鞘は絶縁体の役をしている。
今日の神経生理学では、興奮の伝導は神経線維の一小部分における電気的変化が次の一小部分にも同じ変化をおこすという興奮過程によって説明され、これは発生する活動電流(局所電流)によって行われることと考えられている。神経系では神経細胞(ニューロン)の連結で興奮が伝えられるが、その仕組みは、基本的には1本の神経線維ともう一つの細胞の樹状突起(あるいは細胞体、まれにはニューロンの軸索)とで相互の細胞膜が接触することによっている。この神経接合部をシナプスとよび、高度に特殊化された構造をしており、この部分の膜電位が変化することによって興奮が伝えられる。
[嶋井和世]
中枢神経系である脳や脊髄には灰白質部分と白質部分が明瞭(めいりょう)に分けられているが、灰白質内には主として神経細胞体、無髄神経線維(大部分を占める)、有髄神経線維のほか、神経膠細胞が含まれ、白質内には有髄神経線維、無髄神経線維のほか、神経膠細胞が含まれている。白質部分が肉眼でも白っぽくみえるのは、多量の有髄神経線維のためである。
末梢神経系は、多数の神経線維が集まって束を形成し、束全体は神経外膜とよぶ緻密な結合組織に包まれている。この外膜は神経線維束の間に進入して神経周膜となり、いくつかの神経線維束に分けている。1本1本の神経線維は神経周膜とつながる、きわめて薄い結合組織の神経内膜で包まれている。
神経細胞は成熟後は分裂増殖しないため、細胞が損傷を受けて変性すれば永久に消失する。しかし、神経細胞体が破壊されず、神経線維のみが損傷して変性したときは、線維の再生がおこりうる。この場合、末梢神経線維の損傷部ではシュワン細胞が細胞柱をつくって配列するが、これは神経線維が再生して伸びていくときの誘導役となる。しかし、中枢神経内の神経線維の損傷の場合には、髄鞘形成をする稀突起膠細胞が、線維再生にあたってシュワン細胞と同じ役割をもつかどうかは明確でない。
脊椎(せきつい)動物の神経系の原始的な形態の始まりは脊索動物のナメクジウオにみられ、ヒトと同じく神経管の形成から始まる。円口類になって脳と脊髄の区別ができてくる。脊椎動物がしだいに高等になると神経管の各部分の発育が特徴を現し、ヒトでは神経管の最先端の終脳が最大に発達するようになる。
なお、神経系の発達をみると、同じ細胞源である外胚葉(がいはいよう)細胞から発生して神経細胞へと発育するものと、神経膠細胞(グリア細胞)へと成育するものとがあり、神経膠細胞は神経組織の支持組織として神経細胞や神経線維の間隙(かんげき)を充填(じゅうてん)している。中枢神経内における神経膠細胞には、星状膠細胞、稀突起膠細胞、小膠細胞(オルテガ細胞)および上衣(じょうい)細胞の4種類があり、末梢神経ではシュワン細胞のほか、神経節細胞の周囲細胞などがこれにあたる。神経膠細胞には興奮伝達の機能はまったくないが、神経細胞の機能を働かせるうえには不可欠の神経組織要素である。
[嶋井和世]
神経系の構成単位であるニューロンは、身体内外の情況を神経インパルス(インパルス。抽象的に神経情報ともいう。後述)として身体各部に伝達する。それとともにニューロンの集合である神経系はニューロン相互の密接な連係によって身体各部の機能や外界に対する身体の対応を調整する。このような調整を「神経性調整」という。すなわち、ニューロンと神経系とは生体情報の伝達とそれに基づく生体機能の調整とがそのおもな作用といえる。これに対し、ホルモンや生体内の活性物質による生体機能の調整を「体液性調整」という。神経性調整は短い時間のうちに達成されるが(たとえば血圧反射など)、体液性調整の実現には長い時間がかかる。
[市岡正道]
ニューロンは前述したように、1個の神経細胞体と多数の樹状突起と1本の長い神経突起とからなり、神経系の形態上・機能上の単位をなしている。中枢神経系は神経細胞体(その集合を神経核という)と神経突起と樹状突起とからなっている。ただし、末梢自律神経系や感覚神経系の一次求心性ニューロンでは、細胞体が中枢神経系以外の場所に神経節として存在している。
神経突起は神経線維ともいわれ、中枢神経系以外では多数がまとまって束をなし、末梢神経を構成し、筋、腺、感覚受容器などの末梢器官に分布している。神経線維の興奮は電気的には活動電位としてとらえられる。この活動電位は時間経過が速いためインパルスともよばれる。活動電位の大きさと形とは導出方法や線維の種類によって異なるが、同一条件の下では、刺激が閾値(いきち)に達すると一定の大きさの反応がおこり、それ以上に刺激を強くしても反応の大きさは変わらないという「全か無かの法則」に従う。
神経線維はインパルスを伝導するのがその機能である。伝導はその方向によって二つに分けられ、中枢神経系より末梢諸器官(筋、腺など)に向かう伝導を遠心性伝導、末梢諸器官(感覚受容器など)より中枢神経系へ向かうものを求心性伝導という。また、中枢神経系自身の内部での伝導については、頭側より尾側への方向を下行性伝導、その逆を上行性伝導という。
ニューロンとニューロンとの接合部をシナプスといい、シナプス前(ぜん)ニューロンの末端に達したインパルスは、いわゆるシナプス伝達物質を放出する。これはシナプス後(こう)ニューロンに受容され、その細胞体あるいは神経突起を興奮させたり、抑制したりする。伝達物質としては、従来からアセチルコリン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどが知られていたが、近年はさらにドーパミン、セロトニン、P物質、グリシン、γ(ガンマ)-アミノ酪酸(GABA)、エンケファリン、β(ベータ)-エンドルフィンなど、次々と多数の物質が同定されつつある。シナプスにおけるインパルスの伝わりをシナプス伝達という。シナプス伝達はシナプス前ニューロンからシナプス後ニューロンへと一方向的にしか行われない。すなわち、神経情報は、シナプスにおいてその流れる方向が一方向に規定されるわけである。
神経と筋との接合部(これを神経筋接合部という)における興奮伝達もシナプスにおける機序(メカニズム)と同様であって、神経線維末端よりの伝達物質の放出と筋線維の受容とによる一方向性伝達である。神経細胞体は、それに向かって求心的に伝導されてくる多くのインパルスを統合して1本の神経突起に送り出している。こうしたことから、神経細胞体は機能的にみると神経情報が統合されるところであり、神経細胞体の集まっている神経核や神経節は、神経情報の高次の統合部位であるといえる。
[市岡正道]
神経線維になんらかの刺激を与え、線維膜を脱分極させるとナトリウム(Na)イオンの線維内流入が急増し、ついにはNaイオン平衡電位に近くなるが、再分極過程が引き続いておこり、静止状態に戻っていく。この一連の電気現象がいわゆる神経線維の活動電位であり、神経線維の興奮を電気的表現でとらえたものである。活動電位の発生した興奮部は、隣接の未興奮部に対しては電気的に陰性である。このように活動電位は隣接部位との間に電位差を生ずるため、活動電位は隣接未興奮部に対して刺激電流として作用する。この刺激電流を局所電流という。局所電流が十分に強いときは隣接の未興奮部を刺激し興奮させる。このようにして神経線維の一部に発生した活動電位自体は隣接未興奮部に対して刺激電流として働き、興奮は次々と隣接部に連続的に伝導していくこととなる。また、神経線維が電気抵抗の高い髄鞘で覆われていて、2~3ミリメートルごとに髄鞘を欠く(いわゆるランビエ絞輪Ranvier nodeをもつ)有髄神経線維では、局所電流はこの絞輪だけを通って流れ、ここが刺激を受ける。このため、興奮は絞輪ごとに伝導される。このような伝導様式を跳躍伝導といい、有髄神経線維に特有なものである。このように有髄神経線維ではとびとびに興奮が伝導するので、線維の太さが同一ならば、有髄神経線維のほうが無髄神経線維より伝導速度は大きくなる。
神経線維における興奮伝導には次の3原則が知られている。
(1)両側性伝導 神経線維上の1点の興奮はその点から両方向に伝導する。
(2)絶縁性伝導 ある線維の興奮はその線維上のみを伝導し、隣接の線維には伝わらない(ただし、隣接線維の興奮性には影響を及ぼす)。
(3)不減衰伝導 その線維の直径が伝導区間を通じて一定ならば、また、外部条件が一定ならば、興奮はその大きさと伝導速度を減少させることなしに伝導する。
[市岡正道]
神経線維は伝導速度の違いからA、B、Cの3線維群に大別され、A群はさらにα(アルファ)、β、γ、δ(デルタ)の4群に細分されている。これらの線維群はそれぞれ線維の直径や線維の機能とも密接な関係がある。単一線維での研究においては、伝導速度は線維の直径に比例することが知られている。
[市岡正道]
神経の機能である興奮の伝導は、原生動物においてもみられる。たとえば、ゾウリムシの前端が機械的に刺激されると膜電位の変化、すなわち脱分極性の受容器電位が生じ、それが細胞全体に受動的に伝わる。こうして、細胞全体に生えた繊毛の膜に局在する膜電位感受性イオンチャンネル(この場合はCa2+チャンネル)に再生産的な脱分極、すなわち膜の興奮がおこる。その結果、細胞全面の繊毛は同時に繊毛打の逆転をおこし、個体として調和のとれた逃避反応が生じる。ヒドラ、クラゲなどを含む刺胞動物では、高等動物に発達する神経系の原型をみることができる。まず、上皮細胞の電位変化は、細胞間結合を通じて隣接の細胞に伝えられる。これは神経様伝導または類神経伝達とよばれ、脊椎動物の幼生や原索動物などにも例がみられる。また、分化の著しくない神経細胞(ニューロン)が網状に連絡して神経網を形成している。興奮はこの網を四方に、減衰しながら伝わっていく。このような機能的中心をもたない神経系を散在神経系という。さらに、クラゲ型の刺胞動物では、平衡胞、眼点などにある程度の神経細胞の集中が認められる。
左右相称の体制をもつ扁形(へんけい)動物では、体の前方に感覚器が集まり、これに対応して左右1対の神経細胞の集団、すなわち神経節ができる。これを頭神経節(とうしんけいせつ)または脳神経節という。このように、1か所ないし数か所に神経細胞が集中して神経中枢をつくり、ここから体の各部に末梢神経が出ているものを集中神経系という。扁形動物の場合、頭神経節から体の前後に神経繊維(動物学では繊維の表現を用いる)の束が出て、さらにそれらは横に連絡をつくっている。環形動物では各体節ごとに1対の神経節があり、それが縦横に連絡していわゆる梯子(はしご)型神経系となっている。一般に神経節を体の前後方向に連絡する神経繊維束を縦連神経(縦連合)、左右方向に連絡するものを横連神経(横連合)という。環形動物の食道上神経節はとくに大きく、脳とよばれることがある。節足動物では、脳神経節、胸部神経節は顕著に発達をしている。神経節が集中、癒合することを中枢化という。節足動物の昆虫類、軟体動物の頭足類は、脊椎動物とともに、著しい中枢化の結果である発達した脳をもっている。
脊椎動物と原索動物は管状の中枢神経、つまり神経管をもっている。脊椎動物では、この神経管の前端部が大きくなって脳となり、他の部分は脊髄となる。
[村上 彰]
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…神経組織によって構成される器官系をいう。生体の特徴の一つは,刺激に対して反応することである。…
※「神経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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