里村昌叱(読み)さとむら しょうしつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「里村昌叱」の解説

里村昌叱 さとむら-しょうしつ

1539-1603 戦国-江戸時代前期の連歌師
天文(てんぶん)8年生まれ。里村昌休の子。京都の人。父の門人,里村紹巴(じょうは)に養育され,「五吟一日千句」「毛利千句」など,おおくの連歌和歌の会にくわわる。文禄(ぶんろく)3年古今伝授をうけ,法橋(ほっきょう)となる。里村南家の祖として一家をなした。慶長8年7月24日死去。65歳。名は仍景(なおかげ)。通称は弥次(二)郎。別号に策庵。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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