金剣宮(読み)きんけんぐう

日本歴史地名大系 「金剣宮」の解説

金剣宮
きんけんぐう

[現在地名]鶴来町日詰町

鶴来市街の北東端に位置し、つるぎ宮ともいう。白山本宮四社のうちの一社で、白山七社を構成した。祭神は天津彦穂瓊瓊杵尊。「神階記」によると、承平三年(九三三)「加賀国金剣宮神」が正三位に叙せられ、永観元年(九八三)に従二位、寛弘四年(一〇〇七)に正一位に進んでいる。「白山之記」によると、宝殿拝殿講堂(本尊大日如来)・宝蔵・三重塔・鐘楼荒御前あらみさき社・糺宮・大行事・乙剣おとつるぎ社などから構成され、本地仏は倶利伽羅明王、垂迹神は御冠・上衣を帯び、銀弓・金箭および金作の大刀をもった男神で、「白山第一王子」とあるのは本宮四社のなかでの位置付けであろう。同書奥書に永和四年(一三七八)六月晦日「金剣宮下院書写」とあり、現在の金剣宮南西に位置する清沢せいさわ町の真宗大谷派鶴来別院からは、天文二四年(一五五五)一二月日の「金剣宮行所方」と記された墨書銘をもつ仏供箱残欠(鶴来町立博物館蔵)が出土したことから、中世金剣宮は現在の境内付近一帯を上院、鶴来別院一帯を下院としていたとする説がある(鶴来町史)

古代以降、白山本宮との連合・対立の歴史が続く。安元二年(一一七六)七月一日、加賀国主の目代藤原師経を罰しようとする中宮三社に金剣宮が同意したとされる(「源平盛衰記」巻四)。延慶本「平家物語」によると、倶利伽羅くりから谷で木曾義仲が大勝した際に金剣宮の神宝が出現、義仲は鞍付きの馬二〇疋を当社に寄進したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の金剣宮の言及

【鶴来[町]】より

…手取川東岸に位置し,北西部には手取川扇状地が開け,東部は両白山地の山麓が占める。中心集落の鶴来は扇頂部に発達した谷口集落で,白山の本宮四社の一つ金剣宮(かなつるぎのみや)の門前町として発展,中世から市が立ち,酒造とタバコ生産が盛んであった。三宮は白山比咩(しらやまひめ)神社の門前町として栄えた。…

※「金剣宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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