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金易右衛門 こん やすえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

金易右衛門 こん-やすえもん

1776-1839 江戸時代後期の武士。
安永5年生まれ。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士。文化4年蝦夷(えぞ)地(北海道)松前に出兵の際に陣場奉行をつとめ,のち銅山奉行などを歴任。文政9年(1826)養蚕掛主任となり,蚕室の設営,荒れ地の開墾などにつくし,秋田の養蚕業の基礎をつくった。天保(てんぽう)10年8月死去。64歳。名は秀興。号は古秋園。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金易右衛門
こんやすえもん
(1776―1839)

江戸後期の出羽(でわ)国秋田藩士。名は秀興(ひでおき)、別号古秋園、俳人として一陽とも称した。16歳で出仕したが、ちょうど秋田藩の藩政改革が推進されていた時期にあたってもいて藩の各役職を歴任し手腕を発揮した。1807年(文化4)の松前出兵の際には藩の陣場奉行(ぶぎょう)を勤めた。また藩の殖産政策が強力に進められていた文化・文政(ぶんかぶんせい)期(1804~30)には雄勝(おがち)郡川連(かわつら)村(秋田県湯沢(ゆざわ)市)の農民関喜内(きない)の進言を採用し、藩の資金を投入して養蚕・機業の振興を図り、城下久保田(秋田市)に養蚕座を設立するなど産業振興に指導的役割を果たした。[高橋秀夫]

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