金麗神社(読み)きんれいじんじや

日本歴史地名大系 「金麗神社」の解説

金麗神社
きんれいじんじや

[現在地名]美東町大字大田新町

上新町の大田かみしんまちのおおだ河畔大田八幡宮と同社地にある。大田天神、大田天満宮ともいう。祭神は菅原道真。

「注進案」によれば、文亀元年(一五〇一)周防まつさき天満宮(現防府市)の分霊を勧請し、社殿を造営したが、宝暦九年(一七五九)中新町なかしんまちに遷座。明和九年(一七七二)再び当地に移った。近世には除地一反五畝、高六斗あって、祭日は一〇月一五日、一六日(注進案)

慶応元年(一八六五)正月の大田・絵堂えどうの戦の際はいわゆる正義派諸隊の本陣となった。当社長登ながのぼり川上かわかみ(現阿武郡川上村)方面への分岐点にあり、作戦上絶好の位置にあったためである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む