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鈴木藤三郎 すずき とうざぶろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鈴木藤三郎 すずき-とうざぶろう

1855-1913 明治時代の実業家。
安政2年11月18日生まれ。菓子商をいとなみ,氷砂糖の製法を開発。明治22年鈴木製糖部を設立。28年日本精製糖を創立し技師長,のち社長。36年衆議院議員(当選2回,政友会)。大正2年9月4日死去。59歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。本姓は太田。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鈴木藤三郎

没年:大正2.9.4(1913)
生年:安政2.11.18(1855.12.26)
明治時代の実業家。精糖事業創業者。古着商の次男として遠江国(静岡県)に生まれ,菓子商鈴木伊三郎の養嗣子となる。当時砂糖は大半を輸入に頼っていたので,菓子用砂糖の国産化を計画,精製事業を志した。ABCから始めて外国文献に学び,苦心惨憺,試行錯誤の末に砂糖の精製に成功,明治26(1893)年には精糖用機械も開発した。これに力を得て28年日本精製糖を創立,専務取締役技師長となった。34年創立された台湾製糖の社長も兼任,35年には静岡県に100町歩(99ha)の鈴木農場を設立した。39年日本製糖との合併問題を機に日本精製糖を退社,製塩や製茶,醤油製造など食品関連機械,装置の発明,事業化に熱中した。40年日本醤油を設立したが,サッカリン使用が裏目に出て失敗,全財産を失い,失意のうちに癌で死亡した。発明特許が百数十件といわれ,経営者というよりは発明家,企業家だったが,独自技術で近代産業を育成した数少ない人物である。<参考文献>鈴木五郎『鈴木藤三郎

(齋藤憲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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