日本歴史地名大系 「鍋田横穴群」の解説 鍋田横穴群なべたよこあなぐん 熊本県:山鹿市鍋田村鍋田横穴群[現在地名]山鹿市鍋田 東岩野(いわの)川右岸の平小城(ひらおぎ)台地南縁の凝灰岩壁に設けられた横穴群。従来五五基が確認されているが、消滅した分や未発見のものを含めると、六〇基以上の存在が考えられる。「国誌」の鍋田村の項に「当村ノ南山鹿川ノ岸ニ巌穴多シ」と記されるのは当横穴群と思われる。国指定史跡。石室の床面は方形または長方形をなし、入口から見て左右および奥に三つの屍床を設ける。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「鍋田横穴群」の意味・わかりやすい解説 鍋田横穴群なべたよこあなぐん 熊本県山鹿(やまが)市鍋田にある横穴群で、菊池川の支流岩野川の崖(がけ)面に55基並ぶ。うち10基の横穴の外壁や内部に装飾がある。なかでも第7号の外壁には矢をつがえた弓を浮彫りにし、第27号の入口左外壁には大の字形に立つ人物像と、弓、矛(ほこ)、鞆(とも)、大小の靭(ゆき)、刀子(とうす)、矢をつがえた弓、盾(たて)、馬などを浮彫りで表す。もとは右外壁にも人物、大刀、靭などを彫刻していたが、崩壊して残っていない。1922年(大正11)国史跡に指定された。[乙益重隆] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by