日本歴史地名大系 「鎮守府八幡宮」の解説
鎮守府八幡宮
ちんじゆふはちまんぐう
創祀年代は不明だが、社伝では坂上田村麻呂が胆沢城を築いたとき九州宇佐八幡の分霊を勧請、東北開拓経営の守護神とした。弘仁年中(八一〇―八二四)に嵯峨天皇より宸筆の八幡宮印を賜り、以後官民諸人の尊崇を受け、天喜―康平年中(一〇五三―六五)に源頼義・義家より、また治承元年(一一七七)には藤原秀衡より神領・神宝の奉納があったという。文献にみえる早い例は「吾妻鏡」文治五年(一一八九)九月二一日条で、「於伊沢郡鎮守府、令奉幣八幡宮号第二殿瑞籬給」とある。源頼朝が藤原氏を討ち、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報