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長井坂城 ながいさかじょう

日本の城がわかる事典の解説

ながいさかじょう【長井坂城】

群馬県渋川市(旧赤城村)にあった戦国時代の山城(やまじろ)。利根川沿い比高約200mの断崖絶壁の山上にあった。永禄年間(1558~70)に長尾景虎(のちの上杉謙信)により築城されたといわれる。景虎は1560年(永禄3)に最初の関東出陣を行い、沼田顕泰(あきやす)が城主をつとめていた北条方の沼田城を攻め、顕泰を降伏させたが、その際、この長井坂城のあった場所に陣を置いた。その後、13回とも15回ともいわれる謙信の関東出陣が行われたが、沼田城と厩橋城の中間地点にある長井坂城は、中継地点として整備された。1580年(天正8)、沼田・吾妻を攻略した武田勝頼の武将真田昌幸が同城を占領し城兵を配置したが、1582年(天正10)、北条氏邦ら北条勢に攻め取られ、北条方の城となった。同城は北条方の白井長尾氏により修築され、氏邦の部将の猪俣邦憲が入城し、沼田城の攻略拠点とした。同城は武田勝頼に攻められて落城した後に廃城になったとも、1590年(天正18)の北条氏の滅亡とともに廃城になったともいわれる。現在、城跡は山上城跡公園となっており、曲輪(くるわ)跡や空堀、櫓(やぐら)台、土塁などの遺構が比較的良好な状態で残っている。JR上越線岩本駅から車で約20分。関越自動車道の長井坂トンネルの上に位置する。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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