コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

長尾能景 ながお よしかげ

3件 の用語解説(長尾能景の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

長尾能景

戦国時代の武将。信濃守・弾正左衛門尉。長尾重景の嫡子。父の死により守護代長尾家を相続、守護上杉家を助け奔走した。永正3年(1506)歿。法名を天徳院殿高岳正統。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長尾能景 ながお-よしかげ

1459-1506 室町-戦国時代の武将。
長禄(ちょうろく)3年生まれ。越後(えちご)(新潟県)守護上杉房定(ふささだ),房能(ふさよし)父子の守護代をつとめた。永正(えいしょう)元年関東管領(かんれい)上杉顕定をたすけて武蔵(むさし)河越城(埼玉県)を攻める。越中(富山県)で一向一揆(いっき)とたたかい,永正3年9月19日戦死。48歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ながおよしかげ【長尾能景】

?‐1506(永正3)
室町後期の武将,越後守護代。父重景が1482年(文明14)没したのち守護代となり,上杉房定・房能の2代にわたり在職。はじめ弾正左衛門尉,のち信濃守。能景在職中は比較的守護権力の安定した時期で,守護・守護代間に大きな対立はみられなかったが,房能が98年(明応7)に発した郡司不入地の否定政策は,のちに国人の利害とからんで守護勢力と守護代・国人衆間に対立が生ずる伏線となった。能景が春日山に開基した林泉寺はのち長尾家の菩提寺となった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

長尾能景の関連キーワード飛鳥井頼孝綾小路俊量白川忠富東海宗朝古市重胤細川茂之柳原量光烏丸冬光鷹司兼輔牧野古白

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone