長竜寺(読み)ちようりゆうじ

日本歴史地名大系 「長竜寺」の解説

長竜寺
ちようりゆうじ

[現在地名]守谷町守谷

雲天うんてん寺西北に所在。徳怡山と号し曹洞宗。本尊釈迦牟尼仏。寺伝によれば延長二年(九二四)平将門の開創といわれ、東明とうめい庵とよばれたが、のち長竜寺と改名。天文二年(一五三三)堂宇再建し、曹洞宗に属したと伝えられる。天正一九年(一五九一)徳川家康より一〇石の朱印地を与えられた。元和二年(一六一六)落雷により堂宇のことごとくが焼失、翌三年に再建されたと伝えられる。寛文一一年(一六七一)当寺八世一通伝補が鐘楼・大梵鐘を建造。文化一〇年(一八一三)災火にかかり、堂宇を焼失、同一三年に本堂庫裏を再建。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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