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長谷川芳之助 はせがわ よしのすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長谷川芳之助 はせがわ-よしのすけ

1856*-1912 明治時代の実業家,政治家。
安政2年12月15日生まれ。明治8年コロンビア大に留学し鉱山学をまなぶ。帰国後,三菱にはいり鉱山の開発事業に従事。のち独立して唐津で炭鉱を経営。製鉄事業調査委員もつとめた。35年衆議院議員。大正元年8月12日死去。58歳。肥前唐津(佐賀県)出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

長谷川芳之助

没年:明治45.8.12(1912)
生年:安政2.12.15(1856.1.22)
明治時代の実業家。官営八幡製鉄所立案者のひとり。父は唐津藩士。開成学校から明治8(1875)年米コロンビア大鉱山学科へ留学,独フライブルク大で製鉄業を研究し,帰国翌年の13年三菱入社。吉岡鉱山長,本社副支配人尾去沢鉱山長を務め,22年政府の製鉄業への勧誘に岩崎弥之助名で「上申書」を提出,鉱区や資材などに特別保護を願うがいれられず,弥之助も断念(1917年の三菱製鉄成立まで延期)。これを不満として26年退社。日本初の工学博士の肩書で製鉄事業調査会委員として29年3月製鉄所官制公布にこぎつけ,翌30年八幡製鉄所が開庁した。35年衆院議員。<参考文献>『岩崎弥之助伝』『高島炭礦史』,小林正彬『八幡製鉄所』

(小林正彬)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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