関敬六(読み)セキ ケイロク

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「関敬六」の解説

関 敬六
セキ ケイロク


職業
コメディアン 俳優

本名
関谷 敬二(セキヤ ケイジ)

生年月日
昭和3年 3月25日

出生地
栃木県 足利市

学歴
法政大学政治経済学部〔昭和25年〕卒

経歴
太平洋戦争中は少年航空兵としてインドネシアのジャワ出征。昭和22年復員して大学に入り、卒業後は浅草税務署に勤務。傍ら、捕虜抑留中に演芸隊で素人芝居を演じた経験が忘れられず、戦後は浅草で芝居見物に精を出し、27年エノケン劇団に入団。解散後、28年浅草のフランス座入り。34年谷幹一、渥美清とトリオ・スリーポケッツを結成、人気を博した。不器用ながら愛敬のある演技をみせる熱演型コメディアンで、36年「誰よりも金を愛す」で映画初出演。50年関敬六劇団を旗揚げ。平成2年解散したが、10年橋達也が劇団お笑い浅草21世紀を設立すると顧問格の特別座員として積極的に応援し、浅草を代表するコメディアンとして軽演劇の灯を守った。ヒット曲「浅草の唄」「商売繁盛」でも知られる。また海外アニメ「宇宙忍者ゴームズ」の吹き替えを担当し、“ムッシュムラムラ”という台詞は子どもたちの流行語になった。親友渥美主役フーテン寅さんを演じた映画「男はつらいよ」シリーズでは、寅さんのテキヤ仲間・ポンシュウ役でセミレギュラーとして出演。8年には渥美との思い出を綴った「さらば友よ」を出版した。主な出演作に映画「キネマ天地」「三年身籠る」(遺作)、テレビ「伝七捕物帖」「花へんろ」「天うらら」「坊さんがゆく」、舞台ハムレット」などがある。

受賞
浅草芸能大賞(奨励賞 第5回)〔平成1年〕,芸術祭賞優秀賞〔平成3年〕,お笑い浅草21世紀芸術祭大賞(演劇部門)〔平成16年〕

没年月日
平成18年 8月23日 (2006年)

伝記
決定版 私説コメディアン史 沢田 隆治 著(発行元 筑摩書房 ’03発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

世界大百科事典(旧版)内の関敬六の言及

【軽演劇】より

… しかし一方,戦後,軽演劇にとってかわった形で庶民の娯楽として全盛をきわめたストリップショーのコントの中から,あらたな軽演劇の人材が育った。たとえば,一時期の浅草フランス座には,戦前からのベテランの佐山俊二のほか,渥美清(1928‐96),関敬六,谷幹一,南利明,八波むと志,作家の井上ひさし(1934‐ )といった,若い才能が集まっていた。また由利徹は〈ムーラン・ルージュ〉解散後は新宿セントラルなどに出演していたし,三波伸介(1930‐82),戸塚睦夫は新宿フランス座の出身である。…

※「関敬六」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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