日本大百科全書(ニッポニカ) 「関川夏央」の意味・わかりやすい解説
関川夏央
せきかわなつお
(1949― )
ノンフィクション作家、小説家。新潟県長岡市生まれ。本名早川哲夫。上智(じょうち)大学外国語学部中退。雑誌記者を経て執筆活動に入る。1984年(昭和59)、朴正煕(ぼくせいき/パクチョンヒ)政権時代の政策によってハングルあふれる街となったソウルの体験など、極私的視点で韓国社会をフィールドワークした『ソウルの練習問題』でデビュー。続く『海峡を越えたホームラン』(1984)では、韓国プロ野球界に身を投じた在日韓国人プロ野球選手が直面した文化摩擦を通じて、日韓関係を描いた。この2冊は「従来の韓国・朝鮮観を一変させた」と高い評価を受け、後者は1985年に講談社ノンフィクション賞を受賞。日韓関係を題材にしたものでは、ほかに『東京からきたナグネ』(1987)などがある。また北朝鮮への関心と検証は『退屈な迷宮』(1993)、『北朝鮮軍、動く――米韓日中を恫喝(どうかつ)する瀬戸際作戦』(共編、1996)、『北朝鮮の延命戦争』(共編、1998)などに結実し、その後も北朝鮮による日本人拉致(らち)疑惑などに関して積極的に発言を続けている。
マンガ表現の可能性にも関心が高く、その論考として『知識的大衆諸君、これもマンガだ』(1991)がある。かつて知識的青年が自我に目覚めたとき、それを考察・探究する題材となったのは文芸であった。しかし、1960年代以降の知識的大衆にとってはそれがマンガにとってかわられた。これが関川の持論である。しかも関川はマンガを論じるだけでなく、実作者としても積極的にかかわっている。とりわけ作画の谷口ジロー(1947―2017)との共作は多い。そうしたなかで書き継がれたのが連作『「坊ちゃん」の時代』(1987~1997)である。夏目漱石(なつめそうせき)、森鴎外(もりおうがい)、石川啄木(いしかわたくぼく)ら明治の文豪を描いたこの作品のテーマは「日本近代とは何か」というものだった。逆にそれは近代の終わりの地点から日本を振り返る作業でもあった。1998年(平成10)同作品により手塚治虫(てづかおさむ)文化賞受賞。「日本近代とは何か」という主題は、評論やノンフィクションの形としても表れた。1996年『二葉亭四迷(ふたばていしめい)の明治四十一年』を発表、2001年(平成13)これをはじめとする一連の仕事に対して司馬遼太郎(しばりょうたろう)賞を受賞。
日韓・日朝関係、日本の近代とともに関川の関心の一つが戦後日本である。『砂のように眠る』(1993)は、戦後日本が貧しかった時代を、無着成恭(むちゃくせいきょう)(1927―2023)『山びこ学校』(1966)や高野悦子(たかのえつこ)(1949―1969)『二十歳の原点』(1971)などその時代を象徴するベストセラーを題材に、批評と小説で論じた異色の作品。1995年、エンターテインメント小説で独自の地位を築いた作家への長時間にわたるインタビュー『戦中派天才老人・山田風太郎(やまだふうたろう)』を発表。1986年の海外紀行文集『貧民夜想會』(のちに『かもめホテルでまず一服』に改題)以来、エッセイや対談も多く発表しており、『中年シングル生活』(1997)、『豪雨の予兆』(1999)など多数のエッセイ集があるが、そのいずれもが「原則として事実には即さない。むしろ短い小説」というフィクション色の強いものであり、厳密には関川の小説、ルポルタージュ、エッセイ、評論、マンガのあいだには明確な境界がなく、ジャンル間を自在に行き来している。
[永江 朗]
『関川夏央著・谷口ジロー画『「坊ちゃん」の時代』1~5(1987~1997・双葉社)』▽『『二葉亭四迷の明治四十一年』(1996・文芸春秋)』▽『関川夏央他編『北朝鮮軍、動く――米韓日中を恫喝する瀬戸際作戦』(1996・ネスコ)』▽『『豪雨の予兆』(1999・文芸春秋)』▽『『ソウルの練習問題』『退屈な迷宮』『砂のように眠る』(新潮文庫)』▽『『海峡を越えたホームラン』『かもめホテルでまず一服』(双葉文庫)』▽『『東京からきたナグネ』『戦中派天才老人・山田風太郎』(ちくま文庫)』▽『『知識的大衆諸君、これもマンガだ』(文春文庫)』▽『『中年シングル生活』(講談社文庫)』▽『関川夏央・惠谷治・NK会編『北朝鮮の延命戦争』(文春文庫)』