関謙之(読み)せき けんし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関謙之」の解説

関謙之 せき-けんし

1854-1907 明治時代の新聞記者。
安政元年11月5日生まれ。関蕉川(しょうせん)の孫。東京にでて「郵便報知新聞」などで執筆。明治14年丸山作楽(さくら)らと「明治日報」を発刊,主筆となる。26年日報社にはいり「東京日日新聞」散録欄を担当,好評をえた。晩年卜筮(ぼくぜい)(占い)に専念。明治40年3月27日死去。54歳。豊後(ぶんご)(大分県)出身。号は梅痴,槎盆(さぼん)居士

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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