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阿蘇惟村 あそこれむら

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

阿蘇惟村
あそこれむら

[生]?
[没]応永13(1406)
南北朝時代室町時代初期の阿蘇大宮司。惟澄の子。伯父惟時の養子となり,一時北朝に属し肥後守護に任じられたが,のち南朝に下った。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿蘇惟村 あそ-これむら

?-1406 南北朝-室町時代の武将。
阿蘇惟澄(これずみ)の長男。祖父阿蘇惟時(これとき)の養子となり,肥後(熊本県)阿蘇大宮司(だいぐうじ)職と所領をつぐ。将軍足利義詮(よしあきら)から肥後守護に任じられたが,南朝方の弟惟武との抗争や今川貞世らの統御により実権はえられなかった。応永13年死去。

出典|講談社
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世界大百科事典内の阿蘇惟村の言及

【阿蘇氏】より

…肥後阿蘇神社の大宮司家。小国家の首長,国造,郡司の伝統を有し,出雲の千家,宇佐の到津(いとうづ)氏などとともに古代末より系譜の明らかな地方名社の社家。宇治氏を称し,中世には武家として活躍。謡曲《高砂》にも登場。阿蘇谷の手野古墳群は同氏歴代の墳墓であるとの伝承がある。文献では1142年(康治1)大宮司宇治惟宣が年貢済物の確認を求めているのが初見。80年(治承4)大宮司となった惟泰は領家源定房の荘官の地位を兼務,翌年菊池隆直と反平氏の挙兵を共にした。…

※「阿蘇惟村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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