コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

阿蘇惟村 あそこれむら

2件 の用語解説(阿蘇惟村の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

阿蘇惟村
あそこれむら

[生]?
[没]応永13(1406)
南北朝時代室町時代初期の阿蘇大宮司。惟澄の子。伯父惟時の養子となり,一時北朝に属し肥後守護に任じられたが,のち南朝に下った。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿蘇惟村 あそ-これむら

?-1406 南北朝-室町時代の武将。
阿蘇惟澄(これずみ)の長男。祖父阿蘇惟時(これとき)の養子となり,肥後(熊本県)阿蘇大宮司(だいぐうじ)職と所領をつぐ。将軍足利義詮(よしあきら)から肥後守護に任じられたが,南朝方の弟惟武との抗争や今川貞世らの統御により実権はえられなかった。応永13年死去。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の阿蘇惟村の言及

【阿蘇氏】より

…肥後阿蘇神社の大宮司家。小国家の首長,国造,郡司の伝統を有し,出雲の千家,宇佐の到津(いとうづ)氏などとともに古代末より系譜の明らかな地方名社の社家。宇治氏を称し,中世には武家として活躍。謡曲《高砂》にも登場。阿蘇谷の手野古墳群は同氏歴代の墳墓であるとの伝承がある。文献では1142年(康治1)大宮司宇治惟宣が年貢済物の確認を求めているのが初見。80年(治承4)大宮司となった惟泰は領家源定房の荘官の地位を兼務,翌年菊池隆直と反平氏の挙兵を共にした。…

※「阿蘇惟村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

阿蘇惟村の関連キーワード菊池兼朝吉良俊氏五条良量相良前頼武田信春東師氏長瀬泰貞仁木義員波多野通郷遊佐国長

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone