阿観(読み)あかん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「阿観」の解説

阿観 あかん

1136-1207 平安後期-鎌倉時代の僧。
保延(ほうえん)2年生まれ。高野山真言密教をまなび,永万元年河内(かわち)(大阪府)天野(あまの)山にはいり,後白河法皇の援助のもとに金剛寺を再興した。八条院,宜秋(ぎしゅう)門院につかえた浄覚,覚阿弟子となり,金剛寺は女人高野といわれ繁栄した。承元(じょうげん)元年11月14日死去。72歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。俗姓大和

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の阿観の言及

【金剛寺】より

…寺伝では聖武天皇の勅願,行基の開創と伝える。金剛寺の事実上の開基は,永万年間(1165‐66)ごろ高野山から阿観上人が入山したことに始まる。1172年(承安2)弘法大師の絵像を転写してはじめて御影供を修し,78年(治承2)には金堂を建立,同じ年建立された多宝塔を91年(建久2)修理して一山を掌握し,開山としての地位をゆるぎないものとした。…

※「阿観」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む