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阿観 あかん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿観 あかん

1136-1207 平安後期-鎌倉時代の僧。
保延(ほうえん)2年生まれ。高野山真言密教をまなび,永万元年河内(かわち)(大阪府)天野(あまの)山にはいり,後白河法皇の援助のもとに金剛寺を再興した。八条院,宜秋(ぎしゅう)門院につかえた浄覚,覚阿が弟子となり,金剛寺は女人高野といわれ繁栄した。承元(じょうげん)元年11月14日死去。72歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。俗姓は大和。

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朝日日本歴史人物事典の解説

阿観

没年:承元1.11.14(1207.12.4)
生年:保延2(1136)
平安後期の真言宗の僧。和泉国(大阪府)大鳥郡の大和貞平の子。幼いときから高野山に登り密教を学ぶが,明神の夢告を受けたことから河内天野山に入る。その後,後白河法皇の命を受けて,廃寺を河内天野山金剛寺と号する。承安2(1172)年には高倉天皇を迎えて御影供を行い,治承2(1178)年には金堂を建立,養和1(1181)年には伝法会を行うなど天野山金剛寺中興の祖といわれる。永万1(1165)年には六観音像を描き絵画の才にも優れていた。<参考文献>『金剛寺文書』(『大日本古文書家わけ文書第7)

(井野上眞弓)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の阿観の言及

【金剛寺】より

…寺伝では聖武天皇の勅願,行基の開創と伝える。金剛寺の事実上の開基は,永万年間(1165‐66)ごろ高野山から阿観上人が入山したことに始まる。1172年(承安2)弘法大師の絵像を転写してはじめて御影供を修し,78年(治承2)には金堂を建立,同じ年建立された多宝塔を91年(建久2)修理して一山を掌握し,開山としての地位をゆるぎないものとした。…

※「阿観」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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