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陸軍中野学校 リクグンナカノガッコウ

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デジタル大辞泉の解説

りくぐん‐なかのがっこう〔‐なかのガクカウ〕【陸軍中野学校】

旧日本陸軍で、軍事諜報員(ちょうほういん)を養成した学校。昭和13年(1938)設立。東京中野にあった。中野学校

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

陸軍中野学校

日中戦争開戦の翌年、1938年に前身の後方勤務要員養成所が設けられた。軍服を着ずに相手国の動静をひそかに探るなどする秘密情報要員の養成を目的にした。本校が東京・中野にあったため名付けられた。敗戦で廃校になるまでに約2500人が卒業した。

(2014-05-06 朝日新聞 朝刊 静岡 1地方)

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大辞林 第三版の解説

りくぐんなかのがっこう【陸軍中野学校】

東京の中野にあった旧陸軍の秘密戦要員養成所。1938年(昭和13)発足。幹部候補生を学生の主体とした。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陸軍中野学校
りくぐんなかのがっこう

旧日本陸軍の秘密戦教育のための学校。1938年(昭和13)設立。情報の収集、解析業務、防諜(ぼうちょう)業務、スパイ活動、謀略活動のための専門要員の養成を目的とし、予備士官学校、士官学校出身者、下士官養成のための教導学校出身者などから選抜した学生に必要な教育を施し、卒業後、特務機関や各司令部などに配属した。設立当初は後方勤務要員養成所と称されたが、東京の中野に移ったのち、40年に陸軍中野学校と改称され、さらに41年には、陸軍省の所管から参謀総長の所管する機関になった。その後、太平洋戦争期に連合軍の反攻が開始されるとゲリラ戦的抵抗の展開が必要とされるに至り、44年には、遊撃戦のための幹部要員の養成を目的として陸軍中野学校二俣(ふたまた)分校が設立されている。秘密戦の現実に対応するため中野学校の教育は、伝統的な軍学校教育の枠を超える一面を有していたといわれる。[吉田 裕]

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